裏切りの裏切りは裏切りじゃない……?

「あそこのひと、ほっといていいの?」

 ネメの発したその一言で、勇者一行が揃って戦闘態勢に入った。

 勇者サマとマルビナは剣を抜き、ヴェイラは両手に炎をまとわせ、女神官は杖を白く発光させた。

 この反応を見るに、どうやらネメ以外は誰もその存在に気付かなかったらしい。もちろん俺も気付いてなかった。

 俺は声を抑えてネメに確認する。

「……ネメ、どの方向に何人いる?」

「そこにひとりだけだよ」

 変わらず同じ方向を指さすネメ。だが、暗闇の中に何かが見える感覚も、人の気配みたいなものも全く感じない。俺以外の4人もそれは同じらしい。

 ……となると、ネメに近い力を身につけた者──忍者とか暗殺者とか、そういう類の存在とみていいだろう。

 そうでなければ他の誰かが気付いていたはずだ。

 しかし、そうなると、今の今まで──ネメに存在を暴露されるまで動きがなかったということは……。

「ネメ、そいつは攻撃してきそうなのか?」

 俺が訊くと、ネメはふるふると首を振った。

「ううん、たってみてるだけ」

 立って見てるだけ、か。

 まあ、当然と言えば当然だ。俺たちを攻撃する気だったなら、何も全員が集まるのを待つ必要はない。『壺』に入れられてバラバラに散らばった無防備なところを、1人ずつ撃破していけばいいだけなのだから。

「いやはや、こんなに早く気付かれるとは」

 ネメの指さした方向から、若い男の声が聞こえてきた。

「何者だ! 姿を現せ!」

 マルビナが鋭い声を投げかけると、ひょろ長い男がゆっくりと闇の中から歩み出てきた。

 そして、降参とでも言うかのように、ひらっと両手を開いて頭の上に掲げた。

「本当は、もう少し皆様が落ち着かれてから顔を出す予定だったのですが、まさかここまで早く看破されてしまうとは……。そちらのお嬢さんは只者ではないようだ」

 そちらのお嬢さん、というのはネメのことだろう。

 そう言う男の格好はというと、ダークグレーの布を包帯のように全身に巻き付けたような、奇怪な出で立ちだ。奇怪ながら闇に溶けやすく、そして動きやすさに特化した服装にも見える。

 となると、やはり読み通り――

「もう一度問う。貴様は何者だ」

 殺気をさらに膨らませて、マルビナが問いただす。対照的に、半ば警戒を解いた様子の勇者サマが、マルビナの横で付け加えた。

「とりあえず答えてもらっていいかな? そうじゃないと気が済まないらしいから」

 すると、ひょろ長包帯男は慇懃な態度で胸に手を当ててお辞儀した。

「これは失礼いたしました。名乗るほどの名は持ち合わせておりませんが……私めはクホート公に仕える者。闇に潜み、敵の動向を探り、時に暗殺や工作活動を手掛ける者。分かりやすく言えば、クホート公の密偵、というやつです」


 クホート公。すなわち、クホート城の城主だ。

 そして、城主──クホート公というのは、ついさっき勇者サマ一行が対峙していた相手であって……

 その密偵が、壺の中ここにいる。

 考えうる可能性としては、何かをしくじったこのひょろ長包帯男が罰として閉じ込められているとか、あるいは壺の中に送り込まれた者を始末するために入れられているとか。

 ……だが、どちらもしっくりこない。ので、聞いてみるか。

「クホート公の密偵が、こんなところで何してるんだ?」

「おや、気になりますか、鉱夫殿」

「そりゃ気になるだろ。普通に考えて、密偵を閉じ込めるなんて何の意味もないからな」

 すると密偵はククッと笑った。

「ええ、そうですね。ここには情報を探る敵もいなければ、それを伝える主人もいない……。こんなところに密偵を閉じ込めておくのは無意味な行為です。普通なら、ですが」

 普通なら、ねえ。それはつまり……

「今はどう普通じゃないんだ?」

 マルビナが俺の考えをなぞるように問いただす。

 密偵は肩をすくめ、答えた。

「今、クホート城は魔王軍の監視下にあります」


 絶句する俺たちをよそに、密偵はなおも話し続ける。

「今や前線に最も近い拠点の一つとなったこのクホート城ですが、実のところ、既に魔王軍の手に落ちているのです」

「何を言う! 陥落しただと? 兵も民も、城すらも無傷だったではないか!」

 真っ先にマルビナが反論するが、しかし密偵はなおも首を横に振る。

「ええ、兵も民も無事でしょう。しかし、その全てが今や人質も同然。

 ……あえて分かりやすく言いましょう。魔王軍は、半日でこのクホート城を攻め落とし、人間を皆殺しにする準備ができています。クホート包囲網は既に完成しているのです」

 ……これは、もしかしなくてもやべえ状況だな。

 マルビナをはじめ、この場の人間は一様に驚いた――聞いてないぞと言いたげな表情を浮かべる。

 例外は、難しすぎたのか話が分かっていないネメと――なぜか申し訳なさそうな顔をした勇者だ。

「その反応だと、勇者サマは何か知ってたってことか?」

 俺が尋ねると、勇者はあっさりと白状した。

「いえ、全部を知ってたわけではないんですが。実は、女神様からお告げを受けてまして」

「お告げ?」

「ええ。『城主の裏切りは裏切りにあらず、反撃の策なり。身を委ねよ』と言われまして」

 ……どういうことだ?

 勇者サマは一人で納得したようだが俺には話がさっぱりなんだが。

 と、ひょろ長包帯男の密偵がポンと手を打ち、喜んだように言う。

「でしたら話が早い! 勇者様のおっしゃるとおり、これは裏切りに見せかけた策なのです。つまり――」


 密偵の話を要約すると、こうだ。

 魔王軍はクホート城を事実上包囲した状態で、取引を持ち掛けてきた。内容は「勇者を捕らえて引き渡せばクホート城は見逃してやる」というもの。そこで城主はひと芝居し、勇者たちを投獄。その後、魔王軍が勇者を引き取りにきたところで魔王軍を裏切り、勇者と協力して撃退する――という策なのだ。


「……よくそんな策を実行しようと思ったな」

 これが俺の純粋な感想だ。その時が来るまで敵にも味方にも真意を知られてはいけないのだ。まともな神経でやろうと思えるような策ではない。

 すると、密偵は困ったように肩をすくめた。

「ええ、まあ、こんな策以外には手がありませんから」

 そう。それもまた事実だ。

 どちらにせよ、反撃の機会が来るまでは魔王軍に従わざるを得ない。

 であれば、魔王軍が勇者を捕まえるように指示したのは好都合──いや、都合が良すぎるな。

「いくらなんでも都合が良すぎる。これじゃまるで──」

「勇者を戦場に引きずり出すための罠みたい、ですよね」

 俺の言葉を遮ってそう言ってのけたのは、勇者自身だった。

 その声色も、その表情も、臆した様子は一切ない。

 ……これは状況がわかってないのか、それとも、全部理解しているのか。

「勇者様、これは危険です! 奴らは勇者を仕留められるだけの戦力を揃えているに違いありません!」

 女戦士マルビナが、従者として進言する。

 だが──やっぱり、全部分かっているらしい。

「心配してくれてありがとう、マルビナ。でも、勝算はあるんだ。そのために

 は? 何の話だ?


「今まで、預けてしまう形になってしまってすみませんでした。……伝説の聖剣、返してくれますよね?」

 ……ああ、なんだよその話かよ。

 そんなもん答えは一択だ。

「こっちはとっとと渡したくて探し回ったんだからな。嫌だっつっても受け取ってもらうぜ」

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