(6)


「いやぁああああ!」

「!!」

 突然上がった水菜の悲鳴に、ビクリと肩を竦める早瀬。

 幻吽がその隙を見逃すはずがなく、力任せに吹っ飛ばされる。

 反射的に飛び退いて威力を殺すが、完全に殺せるものでもなく、膝を突いて威力を殺す。

 だが、問題はそんなことではない。

「惺流塞! 彼女に一体何をした!!」

 一気に幻吽との間合いを詰め、斬り付けながら叫ぶ。

「俺は何もしていない」

「嘘を吐け!」

 幻吽に受け止められ拮抗した瞬間、幻吽の足を蹴りつける。堪らず膝を突く幻吽。

 そのまま非道にも顎を蹴り上げる。が、それは体を反られて躱される。

 そこへすかさず回し蹴りを見舞う早瀬。

 それは確実に決まったと思われたが、早瀬の足は幻吽の手によって捕まえられていた。

 そのまま力任せに振り回されて投げ飛ばされる。

 そうそう振り回されて投げ飛ばされる経験をした事のあるものはいない。だが、早瀬は空中で体を回して足から着地する。

 そして見る。幻吽が水菜に向かって錫杖を振り下ろす瞬間を。

「やめさせろ! 惺流塞!!」

 力一杯幻吽に向かって刀を投げ付ける。

 狙い違わず幻吽の肩に突き刺さる。その衝撃によろめく幻吽。

 そこへ早瀬が捨て身の体当たりを食らわす。

 なす術なく突き飛ばされる幻吽。

 その隙に自分の体を抱いて震えている水菜を抱えて距離を取る。

「しっかりするんだ、水菜ちゃん!」

 しかし、早瀬の言葉が聞こえていないのか、水菜は表情を強張らせたまま、何の反応も見せなかった。

「惺流塞。もう一度問う。彼女に一体何をした!」

「早瀬。俺ももう一度答えよう。俺は何もしていない。ただ選ばせただけだ」

「選ばせた?」

「そうさ。その女は俺の失われた色として現世に縛り付けられた憐れな生贄だ。

 まぁ、そうは言っても、色に付け入られるような強い願いを持っていたのはそいつ自身だがな。色は未練や執着の強いものに宿る。結果、そいつは色に魅入られた。憐れと言えば憐れだが、だからこそ俺は選ばせてやったんだ。

 元を正せば俺自身なのだから、この札を通せば考えていることも分かるし、俺の意思を伝えることも出来る」

 そう言って惺流塞が見せたのは一面が水色の一枚の札。

「だから、忘れてしまっていることを思い出したいか、思い出したくないのか。それを聞いただけだ」

「それでどうしてこうなる?!」

「刺激を受けて思い出しただけだろ。自分のしたこと、自分の受けたこと。自分の人生」

「じゃあ……」

「わ、私が、へ、平汰……平汰さんを……、皆……を」

 早瀬は反射的に水菜を抱きしめていた。

 その腕の中で、水菜は壊れたように謝り続けた。

 生まれてから一度も人の温かさや優しさを受けたことのなかった水菜。

 火事に見舞われ、非常にも家族に見捨てられた水菜。

 たった独り、誰が助けに来ることもなく死ぬまで恐怖を味わって焼かれた水菜。

 それら全てを否定して、自分だけの世界を作り出した水菜。

 心を開いた相手を手に掛けてしまった水菜。

 けして自分が望んだ結果ではない。

 挙句の果てに、色に魅入られ取り込まれ、現世に縛り付けられ、永遠に変わらぬ生活を強いられた。

 だとすれば、あまりにも水菜の一生が早瀬には憐れだった。

 一体何のために水菜は生まれて来たと言うのか?

 何故ここまで水菜が苦しまなければならないのか?

 一体水菜が何をしたというのか?

 誰にも愛されずにこの世を去り、再びしがみ付かされ、残酷な事実を突きつけることに何の意味があるのか?


 やっぱり自分は何も出来なかった――

 

 早瀬は後悔のあまり、水菜を抱きしめずにはいられなかった。

 自分にもっと何かできたことはなかったのかと思わずにはいられなかった。

 もっと自分が上手く立ち回っていたら。

 もっと自分に特別な力があったら。

 もしかしたらそんな残酷極まりない記憶を取り戻すこともなかったかもしれないと。

 だが、同時に理解もしていた。

 自分に出来ることは高が知れていると言うことを。

 遅かれ早かれ、惺流塞によって刈り取られていたと言うことを。

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