(5)
(早瀬様は何をしているのだろう?)
水菜は早瀬と幻吽の戦いを見て、戦慄していた。
気が付いたら外にいた。そして、沢山の人を見た。
外に出たのは初めてだ……とは思うが、外にいることよりも、早瀬が危険なことをしている方が驚いた。
幻吽の横に払う攻撃を、体の側面に刀を添えて受け止めるも、力負けして吹っ飛ばされる早瀬。
(ああ……、早瀬様。逃げて下さい!)
水菜は口に手を当て、心臓が止まる思いで叫んだ……つもりだった。
自分の声が聞こえなかった。
一体何が起きているのか自分でも分からずに混乱する。混乱している先で、何とか体勢を立て直した早瀬に幻吽が休む間もなく次の攻撃を仕掛けるのを見る。
何故こんなことになっているのか理解出来なかった。ただ、あらゆる意味で怖かった。
何故自分が外にいるのかも分からないし、早瀬が戦っている理由も分からない。声が出ない理由も、体が動かない理由も分からなかった。
ただただ怖かった。この場にいることが怖かった。
帰りたいと思った。誰もいない自分だけの空間が懐かしくて、今すぐにでも帰りたいと思った。たとえ一人だとしても、こんな思いをするぐらいなら、どんなにましか分からない。
常に紙一重で躱す早瀬が見ていられず、思わず視線を逸らす。そのときだった。
「――――」
(え?)
聞きなれない声が水菜の耳を打った。
弾かれたように、水菜は顔を上げた。眼が合った。
白い顔の男だった。
髪の長い男だった。
背筋が寒くなる、全てを見透かす紅い瞳を持つ男だった。
その男が冷ややかな表情のまま口を開く。
『逃げる気か? 自分を守るために傷ついている者を見捨てて』
「!」
とても静かな声だった。心臓を鷲掴みにされたかのような恐怖が水菜を襲った。
『逃げる気か? 立ち向かうこともせずに生きて来たこれまでのように』
『せっかく望んだ外に出たと言うのに、認めたくない事実全てから逃げる気か?』
畳み掛けるように、それでいて抑揚のない静かな声で、男は水菜を責めて来た。
初め水菜は何を言われているのか分からなかった。
何故見ず知らずの人間から責められなければならないのか分からなかった。
帰りたいと思うことの何が悪いのか分からなかった。
認めたくない事実とは何のことなのか皆目見当も付かなかった。
『本当に分からないのか?』
侮蔑すら籠もった声だった。
それがとても悔しかった。何故貶されなければならないのか分からなかった。
『分からないのなら教えてやろうか? 何故早瀬が戦っているのか。何故お前が外にいるのか。何故俺たちが居るのか? 知りたいなら教えてやろうか?』
知りたいと思った。だが、知りたくないと思った。
教えられたくないと思った。だが、教えて欲しいと思った。
刹那。体の中心から闇が急激に広がる感覚を覚えた直後、水菜は平汰と共に外を歩いている景色を見た。
平汰の『何故?』と言う恐怖と疑問の声を聞いた。
未だかつて見たことのない干乾びた遺体を見た。
床を舐め天井を覆う炎を見た。
肉の焦げる臭いを嗅いだ。
炎に包まれた自分の手を見た。
断片的に次々と湧いて来る風景。
眼を逸らすことが出来ない残酷な情景が次々に、容赦なく押し寄せて来た。
それが一体何を意味することなのか、考えたくはなかった。考えたくはなかったが、水菜は理解してしまった。自分が体験したこと、自分がしでかしたこと。そして、自分がついさっきまで、何をしようとしていたのか。
その全てを理解して、水菜は恐怖のあまり、絶叫していた。
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