第五章『失踪』

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 何かがおかしい。

 葵ノ進はここ数日の早瀬の行動に対して不信感を覚えていた。

 五日前の非番の日、休んでいられないと主張した葵ノ進を、

「休むときはしっかりと休むのも仕事のうちだ」

 と、説き伏せて休ませた早瀬だが、その次の日から少しずつ、早瀬に対して違和感を覚えるようになって行った。

 初めは特に気にもしなかった。

女将の尻尾を取るために躍起になっていた所為で気付いていなかっただけかもしれないが、気が付くと、早瀬の姿がなくなっていた。

 それが日に日に目に付くようになり、先輩戍狩にそれとなく聞いてみるも、早瀬に関してはいつものことだと、誰も真面目に取り合おうとはしてくれなかった。

 確かに、早瀬には寄り道の癖がある。

 聞き込みに行ったときも、見回りに行ったときも、困っている人がいるとき、何か違和感があったとき、当初の目的を置き去りにして、いきなりそちらに脱線することがある。

「それって、仕事放棄に当たるのではないのですか?」

 と訊ねたことがあった。

 それに対して早瀬は、困ったような笑みを浮かべて答えた。

「分かってはいるんだけど、どうにも気になってね」

 答えになっていなかった。

 だが、葵ノ進が来るまでは、大抵そういう感じだったらしい。

 そこへ、葵ノ進がやって来たために、放浪癖が消えていただけで、今になって帰って来ない時間が多いことに関しては、誰一人、疑問に思うものはいなかった。

 むしろ、また戻ってしまったか――という感じの方が強いらしい。

 だとしても、葵ノ進は納得が行かなかった。今、受け持っている事件以外に、何か重大なことがあるのかと問いたくもなった。

 それだけではない。葵ノ進が話しかけてもどこか上の空であることが多くなっていた。一度呼んだだけでは気が付かない。三度目に大きな声で叫ぶと、初めて呼ばれていることに気が付くように返事をする。

 何か考え事でもしているのかと訊ねれば、そう言う訳ではないがボーとしていたと、やはり、困ったような苦笑を浮かべた。

 心なしか体調でも悪いのか、ここ数日顔色も良くない。

 しかし、具合が悪いのかと訊ねれば、そう言う訳でもないと答えが返って来る。

 実際、早瀬と一緒に聞き込みをしていたときには、掏りとかっぱらいを計三人、組み伏して捕まえている。そのときの体捌きのキレを見た限り、体調が悪いとは思えない。

 だとしても、血色の悪さは明らかだった。

 それなのに、早瀬は葵ノ進に何も言ってはくれない。

 明らかに何かあると言うことがわかっている状況で、何も語ってくれないことが、葵ノ進にしてみれば悔しくて仕方がなかった。

 確かに、言われたところで新米戍狩である自分に何が出来るとも思わないが、それでも、話してくれるぐらいのことはしてくれてもいいじゃないかと不満が募った。

 それをそのままぶつけると、早瀬は言った。

「まさか、自分がそういう死に方をするとは思ってもいなかったんだろうな……」

 遠い眼をしながらの呟きに、葵ノ進は二の句が次げなかった。

「誰にも気が付かれないまま、自分一人がこの世から去るのは嫌なものだよな……。

 それを考えると居た堪れなくなって来るものがある。もしもそれで、成仏出来ずに再びこの世に現れたとしたら、出来る限り相手をしてあげたいとは思うが……自分に相手を癒すだけの器があるとは思えないしな……」

 早瀬の独白の中に無力感のようなものを感じ取り、葵ノ進は、一向に進展しない干乾びた死体事件の被害者達に対して、早瀬が自分を責めているのだと察した。だからこそ、

「自分にも協力させて下さい! 一刻も早く下手人である女将の尻尾を掴みましょう!」

 と、鼓舞して見せたが、それにはあまり反応がなく、代わりに、

「多分、いくらやっても女将さんの尻尾は掴めないさ」

 と、投げやりとも聴こえる口調で呟かれた。

 一体何をどうすればこんな弱弱しくなるものかと、葵ノ進は疑問に思うと同時に落胆した。

 葵ノ進にとっての早瀬は、飄々としながらも、弱気を助け、強気を挫き、権力なんかに媚びず、諦めの悪い素晴らしい人だと思っていた。だが、今の早瀬にはそういう覇気が消え失せていた。

 いっそのこと、何かの病気で体調が悪いのを押して来ていると言われた方が納得しやすい。しかし、早瀬は体調不良ではないという。だが、傍から見ている限りではかなりだるそうではある。それは先輩戍狩たちも気になっていたことだった。

 だからその日、聞いても答えてくれない早瀬に業を煮やした葵ノ進は、

「じゃあ、巡回偵察に行って来るよ。あ、葵ノ進はそのまま調書をまとめておいてくれ」

 と言って出て行こうとしたとき、後を付けることを決意した。

 先輩戍狩の誰一人、そんな葵ノ進を止めようとする者はいなかった

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