(5)

「その方は毎日のように来て、話し相手になってくれました。町の様子や、笑ったこと、起こったこと、今話題になっていること、沢山のことを話して聞かせてくれました。

 そのうち、私に似合いそうなものがあると言っては、簪や着物を持って来てくれるようになりました。独楽や風鈴や置物など、見て飽きない物まで沢山沢山持って来てくれました。さすがに、そこまでされては迷惑を掛けていると思って、私も申し訳ない気持ちになったのですが、でも、その方は笑って言って下さいました。

 さすがに私を連れ出すことは出来ないから。こんなことしか出来ない。自分が誰かのためになっていることが俺も嬉しいのだと。

 私はその方に対していくら感謝してもしたりない気持ちで一杯になりました」

「でも、そんなに沢山のもの、下働きの人に見付かったら大騒ぎにならなかったかい?」

「はい。見付かっていたら大変なことになったのでしょうが、その方が帰る間際に部屋の隅の行李に隠して下さっていましたので……。たとえ開けられても、中には細々した置物などしか見えないようにしていって下さいましたから、見付かったとしても、昔父に買ってもらった思い出の品だと言えば、皆疑いもしませんでした」

「それはまた奇特な人もいたものだ」

 素直に早瀬は感心した。そして、唐突に疑問が湧いた。

「ん? でも、じゃあ、今はその人はどうしたんだい? 来ていないのかい?」

 土産まで持ち込んで会いに来ていたほどの人間がいるのに、どうして自分を引き止めたのか、早瀬は急に不思議に思った。

「それは……」

 途端に水菜の声に陰りが混じる。言おうかどうしようか迷っているようだった。

「言いにくいのであれば、言わなくても構わないよ。そこまで深入りするのもなんだろうし……」

 と、早瀬は深入りし過ぎた質問をしたとして、自ら話を変えようとしたが、水菜は落ち込んだ声で続けた。

「きっと、私に愛想が尽きてしまったのでしょう」

 やはり、辛いことを言わせてしまったと、早瀬は後悔した。

「そんなことはないと思うよ?」

 気休めの言葉しか出て来なかった。それでも、その気持ちは水菜にも通じたようで、

「ありがとうございます。でも、これは仕方がないことだったのです。いくらその方が私に尽くして下さっても、私には何も返すことが出来ません。いくら私を連れ出そうとしても一緒に行くことが出来ないのです。私はこの家に縛り付けられています。出て行けば死んでしまうのです」

「まさか」

「ええ。まさかです。本当に死んでしまうわけではありませんから。

 ですが、こんな私と一緒にいてどうなると言うのですか? 初めは良いかもしれませんが、そのうち必ず重荷になります。そうなったら私は耐えられません。

 この家にいるから、まだ無理矢理にでも私は自分を生かすことが出来ます。

 私は働けません。そんな私でも、この家の災厄を引き受ける役目だけはあるのです。それだけで私は存在を許されているのです。

 もしも、ここから連れ出されて、その上で愛想を付かされてしまったら、私には存在意義がなくなってしまいます。そうなれば私は死んだも同然です」

 そこまでを一気に言うと、水菜は一呼吸置いて、再び静かに語り出した。

「ある日、その方はご友人を連れて五人でやって来ました。そして、私を大いに笑わせてくださった後、ここから連れ出してやると言ってくれました。ですが、私は断りました。涙が出るほど、その申し出は嬉しかったのです。ですが、私は丁重に丁重に断りました。その方は聞き入れてくれませんでした。それでも私が行けないと言うと、一言「分かった」と言って………」

「それから来なくなったのかい?」

「はい。当然のことです。でも、それで良かったのかも知れません。あまり希望を持つと、その方が辛いと言うこともありますから。

 でも、もし。もしも。私に愛想を尽かしたのではなく、何かがその人の身に起こったのだとしたら。そう考えるといても立ってもいられなくなって! それで、誰かにその方のことを聞きたくて……」

「それで、俺を捕まえたわけか」

「本当に、申し訳ございません」

 だとしても、早瀬には責める気持ちなど微塵もなかった。

「構わないよ。今の内容だと家の人にはとてもじゃないけど言えるわけがないからね。親の知らぬ間にやって来ていた人を探して欲しいと言ったらどうなるか分かったもんじゃない。だから君はずっと待っていたんだね。

 俺に分かる範囲でだったら教えられるけど………」

「多分、分かると思います」

 水菜はどこか半信半疑な様子で、それでも言い切った。

「その方はある意味有名な人間だから、名前を言えばすぐに噂の一つは聞こえて来るさ。と言っていましたから……」

 言われて、最近名前を聞いた人間を思い出す。職業柄人の名前一度聞けば大概覚える。

「ちなみにその人の名前は何と言うんだい?」

 それでも全部を把握しているわけではない。分かるかどうか不安な面もあるがとりあえず促してみると、水菜はその名前を言った。

「平福屋の平汰へいた。それがその方の名前です」

「!!」

 早瀬は息を呑んで水菜を見た。そして訊ねる。

「まさか、あの木は白木蓮の木かい?」

「は、はい」

 突然、張り詰めた声で訊ねられ、水菜も驚きながら答える。

「花がなかったから気付かなかった……。平福屋の平汰。それじゃあ君が平福屋の息子が会っていた女の子か……」

「あの、何か知っているんですか? 平汰さんはどうしているんですか?」

 身を起こしながら訊ねて来る。余程水菜は平汰のことが心配なのだろう。

 だからこそ、早瀬は逡巡した。教えていいものかどうか。

 教えたことで与える衝撃に、水菜が耐えられるのかどうか。

 だが、水菜はどうなったのかを知りたがっている。下手な希望を与え続けるよりは真実を伝えた方が水菜のためになるのかもしれない。

 早瀬は悩んだ末に決断した。

「平汰は……」

「平汰さんは?」

「平福屋の平汰は、数日前に亡くなったよ」

「え?」

 そして、水菜は固まってしまった。

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