(4)
少女の名前は
平福屋と一、二位を争う簪屋の長女である。下に妹と弟が一人ずつ。妹は水菜とは違って健康的で明るく、また美しいため、もう少しで祝言を挙げる予定があるらしい。弟の方は聡明で逞しい立派な男として、商いを継ぐための勉強に勤しんでいると言う。両親は、生まれたときから弱弱しかった水菜より、元気で活発な妹と弟にばかり構っていた。
「打っても響かない太鼓より、響く太鼓の方が楽しいですからね。それは仕方がないことだとは私も分かっているのです」
水菜を布団の中に戻し、自らは縁側へ腰掛けて早瀬は話を聞いていた。
「別にどこが悪いと言うわけでもないのです。それこそ、妹が生まれるまでは色んなお医者様を呼んで見てもらったり、加持祈祷してもらって、私を少しでも丈夫にしようとしてくれていました。でも、あるときある人が私の枕元で言ったのです。
私は、穢れを受ける依り代なのだそうです」
「依り代? それは陰陽師などの
「はい。悪いものを本人の代わりに全部受け取るものの事らしいのですが、私にも詳しくは分かりません。ですがその人は、私がこの家に起こる様々な災厄を肩代わりする役目を担っていると言っていました。
そして、私の体が弱いのは、すでに屋敷に起こっているはずの災厄を受け入れているからだと言っていました。更にその人は、もしも私がこの屋敷から出て行くようなことが起きたら、そのときはこの屋敷に一気に災厄が押し寄せて来るだろうとも忠告したのです。
その日から、父も母も、私を閉じ込めるようになりました。元々動けない私です。閉じ込めてしまえば出て行くことも出来ません。信じられないかもしれませんが、私は自分の足で一〇歩も進むことが出来ないのです。体を起こしていることすらままならない。ですからこうして、失礼なこととは存じますが、床に就いたまま聞いてもらっている次第です」
早瀬には返す言葉が見付からなかった。
にわかには信じられないことだった。別に、水菜の言っていることが信じられないと思っているわけではない。
そんな下らない話を鵜呑みにして、自分の娘を閉じ込めておく親の気持ちが理解出来なかった。
確かに、閉じ込めておくと言っても、水菜のいる場所は広めの座敷で、障子を開けて縁側に出てみれば、水菜専用の小さな庭がある。出て行こうと思えばいくらでも逃げ出せそうなほどに開放はされているが、ろくに動けない体では出て行こうにも出て行きようがないと早瀬は思った。
垣根に出入り口はなかった。早瀬ですら足掛かりがなければ垣根の上にまで手は届かない。ましてや体の弱い小さな体の水菜には見上げるほどの城壁にも匹敵するものだろう。
仮に、どうやってか垣根の上に手が届いたとしても、とてもではないが自分の体を引き上げるほどの力があるとは思えない。
そこは、水菜にとっての開放された牢獄だった。かえって残酷かもしれない。
「誰も話し相手にはなってくれないのかい?」
「父も母も、妹も弟も、皆仕事がありますから」
口調からして、少し笑ったようだった。
おそらく、笑うしかないのだろう。自分自身を納得させるための嘘だ。
「寂しくは、ないのかい?」
「寂しいと……思うことも少なくなってしまいました。日がな一日、こうして庭を見ていることしか出来ませんから……。そのとき、その子とも会ったんですよ」
調子よく、自分の手に擦り寄って来る子猫を早瀬は見た。
「その子のお陰で退屈せずに済むようになりました。その子が来るまでは、それこそ死んでいるのも同然だったのでしょう。ただ座敷の天井を見て、下働きの人が食事を運んで来たらそれを少し口にして、体を拭いてもらって、髪を梳いてもらうだけ。いつも同じ人だったら話も合いますが、来る人はいつも違う人なので話も合いません。どうも手の開いた人が私の世話をするようで……。
だからでしょうか? いつの頃からかあまり話もしなくなってしまいました。
でも、それでもときどき、反動のように、無性に誰かと話をしたくてたまらなくなるときがあるのです。そのために早瀬様にはご無理を言ってしまって……。重ねてお詫びを申し上げます」
「いや。別に俺も急ぎの用があるわけじゃないから。こんな俺でよければ好きなだけ話してくれて構わないよ」
早瀬は水菜に同情していた。
ついさっき出会ったばかりの見ず知らずの人間ではあるが、話し相手になってやるだけで役に立てるのならば、いくらでも話し相手になってやろうと思った。
「ありがとうございます」
水菜は本当に嬉しそうに感謝の言葉を述べた。
「そんなことを言って下さるのは、早瀬様で二人目です」
「二人目?」
「はい。その方も、やっぱりその子を木から下ろしてあげようとして、庭に落ちて来ました。そのときは本当に驚きましたわ」
そのときの光景を思い出したのか、または早瀬の先程の光景を思い出したのか、水菜はクスクスと笑みを交えて話していた。
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