(3)
「俺はこの事件。どうやっても下手人を捕まえることが出来ないんじゃないかと思うんだ」
「…………ほぉ。何故だ?」
微妙な間が開いてからの促し。
おそらく話を聞き流していたのだろうと察する。
色が分からずに色を塗って行くのには、きっと特殊な技法があって、それには集中力もかなり必要なのだろうと勝手に思っている早瀬は、特別気にすることなく続けた。それこそが、今日ここに来て一番言いたいことだった。
「これはお前さんの色が関わっているんじゃないかと思ったんだ」
「……………………何故だ」
再び筆が止まった。興味が湧いたらしい。
「何故と言われても漠然とした勘としか言いようがないんだが……。
あえて言えば、お前さんと初めて出会ったときと同じ臭いがするんだ」
「たとえば?」
「そうやって聞かれると正直困るんだが、あえて言えば、二、三日前に生きていた者が、完全に干乾び切って発見された。そして、その仏の着ていた物には争った形跡も、汚れの一つも付いていなかった。人はそんな短時間で干乾びたりはしないし、死ねば着物が何かしらで汚れる。でも、仏達にはそんな汚れはなかった。それこそ、干乾び切った仏にわざわざ着物を着せたとしか思えない」
「他には?」
「ない。干乾び切っている所為で顔も変わってしまっている。そのために被害者がどこの誰なのかも分からない状況なんだ。分かればせめて行動範囲や共通項を探せるんだが、それすら無理だ」
「下らんな」
きっぱりとした早瀬の宣言に対して、惺流塞の言葉は辛辣だった。
「不可思議な出来事の全てが妖の仕業だと言うわけではないぞ、早瀬。思い込みと勘違いを利用すれば、いくらでもそんな物は作れる」
「干乾びた死体をか?」
「ああ。方法は教えないが、出来ないわけではない。ただ、上手く行く保証がないため、成功したものだけを人目に晒しているとなれば話は簡単だ。そいつは干乾びた遺体を作った。上手く行ったのできちんと着物を着せて、人目に晒した。ただそれだけのことだろ」
「二、三日前まで生きていた人間が干乾びると言うのか?」
「だから、そう思っているだけだろ? どうして二、三日前まで生きていた人間だと判断出来たんだ? 判別出来なかったのではないのか?」
「それが、平福屋の息子だと言う遺体がその中にあって、実際着物を着ていて、特徴も同じだった。母親が息子だと認めて、その所為で、息子は数日で干乾び切ったことが決定付けられてしまった」
「だから、それこそが思い込みだと言っている。そんなもの、あらかじめ用意していた死体に、息子の服を着せておいて、前もって調べていた死体の特徴を告げれば、誰もがそうだと思い込む。容姿で判断出来なければ、どんな遺体であってもどうとでも出来る」
「だとすれば、何のために母親はそんなことをしたんだ?」
「それこそ、息子を消してしまいたかったんじゃないか? 本物の息子を川にでも沈めておけば、誰も自分を疑わないだろ」
「じゃあ、その為だけに、他の人間をあらかじめ殺しておいて、今になって至る所に捨てて回っているということなのか?」
「そこまでは俺の知ったことじゃない。
ただ、自分の息子だけを異常死させてしまえば目立ってしまう。それを隠すために異常死を続けて、さりげなく間に入れることで、自分も被害者になろうとしたのかもしれないが、例えそうだとしても、息子以外の身元引受人が出ない以上、名乗り出たのは逆効果だな。
俺には分からんが、世間一般ではそう言う異常死で身元が判別出来ないとき、身内などは自分の家族であると認めたがらないものなのではないか? 生きていて欲しいと思うのではないのか? そうしなかったと言うのであれば、怪しいと思われても仕方がないのではないか?」
「だとすれば、やはりその母親が怪しいと思うか?」
「目立つと言っているだけだ。まぁ、疑われると言えば疑われるだろうな」
「ああ。実際俺たちも母親のことを疑って調べ回ってはいる」
「お前達人間がそのくらい頭が回る生き物で良かった。何でもかんでも不可思議なものを妖の所為にされたのではたまらないからな」
「そうか。もしかしたらと思ったが……関係がないなら仕方がないか。忘れてくれ」
全く持って相手にされないことに、さすがに少し落ち込む早瀬。
だが別に、自分が相手にされなかったことを落ち込んでいるわけではない。
惺流塞の役に立てなかったことが少し残念だっただけだった。
惺流塞の話によれば、惺流塞が奪われた色は、それぞれが妖に姿を変え、人間の生活に潜り込み、隙を見ては力を得るために人間を襲っているのだという。
その妖を『
その『隠世』こそが、今まさに惺流塞が使っている黒い筆であり、その筆を使って色を取り戻す度に、惺流塞は人間ではなく妖に近付いて行くのだと言っていた。
かつて早瀬はその筆を取り戻すのに協力した。その縁で、勝手に色集めに協力しているのだ。
元々見えていたものが見えなくなってしまったときの絶望感は、絵師である以上、自分が想像するより辛いものがあっただろうと同情した。
たとえ妖になろうとも色を取り戻したいと思っている惺流塞を何とか手伝ってあげたいと早瀬は思っていた。
少しでも不可思議な現象が続いていたら、妖の存在を疑った方がいいかもしれないと思って来てみたが、全くの見当外れだったと知って、早瀬は少し落胆した。
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