(4)

「調べてみます」

 長いような短い沈黙の後、葵ノ進が重々しく呟いた。

「何?」

「私が、あの女を調べてみます」

 真剣極まりない表情で、まるで敵陣に乗り込むような迫力でもって宣言をすれば、

「おいおい、坊ちゃん。あんた本気かい?」

 頭に血が上っていた志乃坂が我に返って引き攣った笑みを浮かべた。

「俺もつい感情的になって口走ってしまったがね、調べたところで何も出て来ないぜ?」

「それでも、可能性は皆無ではないはずです」

「確かに、可能性の話をすれば皆無じゃないかもしれないが、証拠がない」

「だからこそ、捜すんです。自作自演の可能性もあります。誰かに頼んで殺させた可能性もあります。少なくとも、今回の被害者だけが身元が分かったんです」

「それだって、結局はあの女の証言しかない。本当かどうかは分からないだろ」

「それでも、少なくとも、その人の息子の着物が使われているんです。何かの意味があるかもしれないじゃないですか!

 それと同時に息子の行方も捜して見ます。もしそれで足取りが掴めなかったら、この人はあの人の本当の息子と言うことにもなります。違いますか?」

「まあ、本人が本当に見付からないのであれば、可能性は格段に上がっては来るが……」

「だから私は調べてみます。手掛かりは今のところあの人たちしかいないんです。

 もしも、あの人たちが息子を殺し、どこかに人間を干乾びさせることが出来る人間がいて、その人間に頼んでこうしたとしたら、あの人たちを調べていればその人間に辿り着くことが出来るかもしれないじゃないですか。

 遺体がそうそう干乾びることがないにも拘らず、既に三体もの遺体が見付かっているんです。自然にそうなったと言うより、そういう技術を持っている人に頼んだ可能性の方が高いとは思いませんか?

 そうですよ。人間を干乾びさせる方法を調べて、それが出来そうな人間を挙げて調べてみるのも一つの手かもしれません。

 普通の人は、人間が短期間で干乾びるとは思っていないのだから、その裏を掻いて短期間で人を干乾びさせることが出来たとしたら、捨てたとしても、誰も最近死んだ人間だとは思わない。そうすればいつ、誰が殺したのかもわからなくさせられる!」

 自分の中に湧き出て来る可能性に、段々と熱を帯びて来る葵ノ進。

 それを見て、志乃坂は早瀬に言った。

「すまない、早瀬。何だか俺、坊ちゃんに火を点けちまったようだ」

「そのようだな」

 早瀬は苦笑いを浮かべて返した。

「葵ノ進は真面目だからな。あなたの怒りをまっすぐに受け入れてしまったんだよ」

「ああなると止まれない性質なんだろうな、多分」

「そうだな。多分とことんまで調べるだろうな」

「お前も付き合わされるんだろ? 普通の奴だったら研修中の新人戍狩の意見なんざ聞く耳持たないって言うのに……」

「仕方がないさ。やらずにずっと後悔するよりは、やってスッキリさせてやった方がいいに決まっている。せっかく伸びようとしている新芽を上から押さえつけて成長出来なくさせるよりは、添え木を当てて倒れないようにしてやった方がこれからのためにもなるだろうし。俺だって、いつどうなるか分からないんだ。出来ることはやっておいてやるのが大人の仕事だ」

「なんつーか。俺より年下のはずなのに、何でそうも達観しているんだ? 坊ちゃんも坊ちゃんだが、お前も相当変わり者だよな」

「出所が田舎だったから、人の苦労は知ってるつもりだ。ただそれだけだと思うよ」

「ああ。そうだったな」

 そう言って、気まずげに頭を掻いて明後日の方を見る志乃坂。

 出所が農民だった早瀬も、葵ノ進に負けないぐらい差別的な眼で見られて来ていた。

 それを思い出させて悪かったと思っているのだろうが、今も昔も、早瀬がそのことで自分に引け目を感じたことはない。劣等感を抱いたこともなければ天狗になったこともない。僻んだこともないと自分では思っている。実際、早瀬のことを知っている戍狩に訊ねれば事実だったと告げるだろう。

 出しゃばることはせず、やるべきことをやり、よく気がきく。

 早瀬に関わった町民は余程の人間ではない限り、皆、早瀬に好意を持った。

 そして、早瀬はその好意に鈍感な男だった。そうすることが当然だと思ったことをしているのだから、それに対してあまりお礼を言われると、気恥ずかしくなって逃げてしまうのだ。

「まあ、とりあえずは事情聴取をしなければならないだろうな」

 早瀬が腕を組んで手順を口にする。

「いきなりぶつかるのか?」

「いや。息子が殺される心当たりをとりあえず訊いてみるんだよ。それでまた何か新しい手掛かりが得られるかもしれないからな。

 いくら何でも、あなたが殺しましたね。と訊いたところで「はい」とは答えないだろうし。先入観だけで調べて大事なことを見落としてもいけないからな。とりあえず話だけはちゃんと聞かなきゃいけない。

 ま、今行けばちょうど調書も取るだろうし、手間も省けるだろ」

「じゃあ、行くのか?」

「ああ。葵ノ進連れて行って来る」

「俺が言うのも何だが、早く見付かるといいな」

「そうだな」

 と、答えながら、早瀬は漠然と「無理かもしれないな……」と思っていた。



 それから三日後、今度は干乾びた仏が横栄区の方で見付かった。

 捜査は二区に跨って行われることが決定した。

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