おっとり馬くん

わたなべ りえ

おっとり馬くん


 北国の大きな牧場に仔馬こうまが産まれました。


 お母さんは、レースに勝ったことがあります。

 お父さんは、レースに負けたことがありません。


 牧場の人たちは、この子が元気に産まれたことをとても喜んでくれました。


「将来が楽しみな馬だぞ」



 さて、この子は……本当はとてもかっこいい名前を付けてもらったのです。でも、行く場所ごとに名をつけ直されたので、自分の名前をなかなか覚えられませんでした。 

 ただ、どこに行ってもみんなが

「こいつはおっとりだ」

 と言うので、自分は

「おっとり」

 という名前だと思っていました。

 だから、私たちも「おっとり馬くん」と呼びましょう。




 ある日、おっとり馬くんが外に出ると、仲間の馬たちが、一生懸命走っていました。


「やあ、みんな。そんなに急いでどこへいくの?」


 栗毛の子が振り向いて言いました。

「僕らは、競走馬になるために、一生懸命走る練習をしているんだよ。君もさぼっていないでがんばらないとだめだよ」


 おっとり馬くんは、小首をかしげました。

 とりあえず、みんなの後をついてぽこぽこ走りだしましたが……。


「うーん、おいらはゆっくり仲良く走りたいよ。そんなに急いだら、お話できないし、空に浮かんでいる雲さえ見えないよ」




 やがて、おっとり馬くんはレースに出ました。

 みんなが一斉いっせいに走ります。

 鼻先でも他の馬より先にゴールしなければなりません。


「おらおら、どけどけ!」

 とデカ馬。

「やめて! 私を追い越さないで!」

 と葦毛あしげのお嬢さん。


 コーナーを回って直線を向くと、みんな大騒ぎ。

 でも、おっとり馬くんは後ろからとことこ。


「みんな、どうしていそぐのかな? 仲良く鼻をそろえてゴールすれば、全員が優勝できて幸せなのになぁ」


「何をばかなことを言っているのよ? この世はすべてが競争よ。他の馬を蹴倒けたおしても先に行かないと、生きていけないんだから!」

 栗毛のおてんばが怒鳴どなりながら、おっとり馬くんを追い抜いて行きました。




 結局、どんじりになったおっとり馬くん。

 担当の厩務員きゅうむいんさんが、おっとり馬くんにブラシをかけながら言いました。

「おまえはおっとりしているからなぁ。もうちょっと真剣しんけんにがんばってくれないと」

「おいらはなまけているんじゃないよ。ただ、競争が好きじゃないんだよ」 

 おっとり馬くんは鼻を鳴らしました。



 何度走っても、おっとり馬くんは勝てませんでした。

 だって、他の馬とゆっくり仲良く走りたかったのです。

 でも、仲間たちは言いました。

「そんな甘いヤツ、生きてはいけないぞ!」





 そして、ついにその日がきてしまいました。


「この馬は期待はずれだから、肉屋に売ってしまおう」

 馬主さんが言いました。


「そんな! おいら、嫌だよ!」

 おっとり馬くんは、びっくりしていななきました。


「仕方がありません。引退いんたいですね」

 厩務員さんも調教師さんも、おっとり馬くんが好きでしたが、馬主さんの意見には逆らえないのです。


「だから言ったのに。一生懸命走らないと生きていけないって」

「ああ、明日は我が身だよ」

 他の馬たちが言いました。




 おっとり馬くんは、暗いトラックに押し込められました。

 ゴトゴト、ガタゴト、どこに行くのでしょう?

 お肉にされて、ドックフードになるのでしょうか?

 動物園の餌でしょうか?

 それともハンバーグになるのでしょうか?


「おいら、ただみんなと仲良しになりたかっただけなんだ。それが死ぬほど悪いこと?」


 揺れる車内で、おっとり馬くんはしくしく泣きました。


「やだよ、やだよ、死にたくないよ!」



 ところが、トラックを降りてみると。

 そこは、まるで産まれた牧場のように緑がいっぱいの場所でした。


「やあ、君のような馬を探していたよ」


 そこは乗馬クラブでした。

 馬たちが、人を乗せてゆっくり走っていました。


「いらっしゃい。今日から君も仲間だね? 一緒にがんばろうね」

 おばさんを乗せたおじいさん馬が言いました。


「あら、おっとりしたかわいい馬ね」

 女の子がニンジンをくれました。


 おっとり馬くんは、恐る恐る言いました。

「おいら、おっとりだけど、いいのかな?」

「おっとりだから、いいんだよ」



 こうしておっとり馬くんは、私たちと出会ったのです。

 今日も元気にお仕事していますよ。




     (了)

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おっとり馬くん わたなべ りえ @riehime

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