【Ⅱ】PeaceⅪ「修行と実践」
あの熱い夜が終わり、愛はすっかりと街の人気者になっていた。しかし「熱狂に酔うのが危険だ」とアルバーンは周囲の住民に釘を刺していた。そして愛に対しても真剣な表情で、アルバーンは言った。
「俺が、ああは言ったものの、今はお前も俺も、指名手配中なのは変わらない事実だ。そこでお前は、三ヶ月の間、この地で偽名を名乗って、身を隠せ。その間に、闘えるだけの剣術と馬術を叩き込むからな!これは命令だ」
「……分かったよ。いつも強引なんだから」
愛は腹を括っていたのだろうか。もう何が起こっても構わない、と開き直っていた。
「カジメグちゃん、心配しなくていいからね。この人、戦争が絡むとこう、熱くなってしまう人なの。悪く思わないでね」
アウローラは苦笑いしながら言っていた。そして、アルバーンは言った。
「近いうちに、王都ヴァイセのミケル国王に使いを送る。そして情報を探るか。その間に、騎士団を組んで、王都ヴァイセの牙城を切り崩そう。お前には騎士団長になって貰おうか!」
「え、ちょっと待って。私には荷が重過ぎるって!!」
「あなた……今回も危険が伴うけど、命が危なくなったら逃げてね。私はみんなの命よりも、あなた一人の命の方がよっぽど大切なんだから!」
「分かってる、……分かってるよ。だから、心配するなって」
すすり泣くアウローラの背中を擦りながらアルバーンは慰めていた。愛もこれから始まろうとしている出来事を思い巡らして複雑な気持ちだった。
**
――Ⅺ(ロファ)の国、王都ヴァイセ――。
カディナ火山が噴火する麓の灼熱の城が建つ、要塞の中でミケル国王は腕を組んでいた。禍々しい黒く光る竜鱗のリザードマン。肥え太り、鋭い蛇のような眼光で、周囲の民からは「残虐王」と名が付けられている。
「アンドニ大臣。今回、新たに開発した兵器はどんな感じだ?奴隷や囚人を使った実験も、度重ねて行ったわけだが」
「好調ですね。ただ、少し扱いに難がありまして。やはり、皮膚の厚いドワーフ、それから竜鱗のあるリザードマンに関しては、皮下組織まで毒が行き届かないようです。致死量は僅かで、かなりの効果があるそうですが……」
「Ⅴ(トリ)の国のサヴィエ国王とも、しっかりと話していこう。彼とも兵器開発を進めたいな。あ、軍備はどんな状況だ?もう少し鞭打って鍛えた方がよさそうか?」
「……私が思うよりも、国王の一任で行っても宜しいかと思います。最近生温(なまぬる)いので、これを機に、『生血』を見せた方が良いかと思います。殺(あや)めることを知らない、平和ボケした者が多すぎると、私は思うのです」
「分かった。直ちに実践を交えた練習をしよう。囚人か奴隷が、より多く必要になるな……行く行くは諸国の制圧にまた手を延ばせると思うと、とても楽しみだ」
ミケル国王は冷たく笑った。とても背筋に寒気が走るような笑い方だった。
**
アルバーンは剣を構え、愛と向かい合っていた。メシェバ原野はそよそよと風が吹き抜けていた。愛に剣術の指導をしていたのである。
愛が、やけっぱちになって乱雑な軌道で、練習用の模造刀をアルバーンに振りかぶった。しかし、アルバーンは、器用な動作で左右にかわされてしまう。アルバーンには攻撃の軌道が見抜かれてしまっているようだ。
「甘いなぁ。このままじゃ読まれるぞ。いいか?俺がやってることを見てろ?」
そう言ってアルバーンは、リカルドに向き合い、ゆっくりと愛に見せる様にして、剣を構えて向き合った。
「いいか?攻撃を、腕の動きから、瞬時に洞察するんだ。動体視力が良ければ、難なくかわせるんだがな。そしたら、軸足を動かさずに、半歩引く形で、バックステップを取りながら、受け止めた斬撃の衝撃を、後ろに逃がすんだ。その際に、全ての攻撃を腕で受け止めようとするな。刃の損傷は免れない上に、お前の腕は確実に使い物にならなくなる」
「なんか難しいことばっかり言ってるなぁ……私に出来る?」
リカルドは愛の言葉を聞いて、励ました。
「心配ないよ。慣れれば大丈夫。要は、全ての五感を研ぎ澄ませて、振り上げた剣の軌道を見極めて、どこに落ちるのかを考えながら行動すればいいのさ。剣の軌道は、達人じゃない限り、パターンは決まっているからね」
そう言ってアルバーンとリカルドは鍔迫り合いをしていた。楽しそうに剣を交えているようにも見える。
「リカルド、お前また腕を上げたな!」
「そう?お父さんこそ、結構、攻撃を受け止めてて、腕が痺れそうになるんだけど」
愛は二人の高度な戦いを、息を呑みながら見ていた。そして、アルバーンは一通り落ち着くと、息を切らしながら言った。
「ぜぇぜぇ、はぁはぁ……カジメグ、お前に一つアドバイスをしよう。俺らの種族と、いきなり闘うとなると、なかなか大変だ。……なんせ、竜鱗が分厚い上に、体力があるからな。お前の小柄な身長を敢えて生かすんだ。そして、急所を狙って攻撃しろ」
「急所……?だって、そこを庇(かば)いながら、みんな闘っているんじゃないの?」
愛は首をかしげながら、質問をした。アルバーンは「ごもっとも」と言う表情で、顔を指しながら、話し始めた。
「そうなんだ。だがな、一つだけ、どうしても守りを疎かにしてしまう箇所がある。それは『逆鱗(げきりん)』だ。俺らリザードマンの顎の下にあって、竜鱗が逆目に並んでるんだ。その為、薄い箇所でもあり、剣を刺し抜きやすい。後は『牙』だな。顔面に重要な神経が集中しているから、ゼロ距離で懐に入り込んで、そのまま急所を刺し抜け!」
「そう簡単に懐を許してくれるか……って所だね」
「それが出来るか出来ないかは、度胸の問題だな。後は……攻撃のいなし方が上手ければ、懐に入り込める」
「まぁ、俺みたいに臆病者じゃないから、カジメグなら、大丈夫だよ」
リカルドはニコリと笑って頷いた。
**
三日後、愛の剣の扱い方も様になってきたようで、今日はマルティが一緒に修行に付き合ってくれたようだ。
「いいか?槍で来られても、剣で来られても、相手は確実に『間合い』を取ってくる。恐らく、無用なダメージを受けない為だ。しかし、それをいなした時、刃が弾かれた反動で、身体を正位置に戻すまで、時間が掛かるものだ……剣の刃先を見、手元を見て、滑らせるようにして攻撃を受けろ!足を使え」
そう言うとアルバーンは、葦のような背が高く、硬めの草を結んで作った人形に、足を滑らせながら、棒を打ち込み、実践的な回り込みの動作を愛に教えた。
「僕の使ってるアックスは、リーチが短い分、力が手元に集中するように出来てる。だから間合いは出来るだけ、詰める必要があるんだ」
マルティは、ルノー山脈の枯れ木に、一気にアックスを横振りに振り抜いた。空気を切るような激しい音と共に、大量の枯れ木が、倒れて粉みじんに吹き飛んだ。愛はそれを見て驚いていた。
「な、間合いって大事だろ?」
アルバーンは笑いかけた。愛は何度も頷いた。
それからアルバーンは、愛と打ち合った。愛の手元に向かって振り落とした。それを愛は、膝をクッションにして受け止め、そのまま脇に流す。そして徐々に間合いを詰める。少し詰まってきたら、アルバーンが後ろに退く。そう言った練習を、重ね重ね行っていた。
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一週間経ち、愛はリカルドやマルティ達とも、実践的な打ち合いを交える様になってきた。それを見てアルバーンは言った。
「……だいぶ身に付いてきたみたいだなぁ。さて、今回は基本の剣の構え方と立ち位置だ。相手に向き合うとき、相手から見て身体を正面に向けない方がいい。相手の目線から見た時に、攻撃範囲が狭くなるように立て。要は斜めに向き合って、足を使う動きをするんだ」
「こ、……こうかなぁ」
「それじゃあダメだ!!いいか?相手に真正面に向き合うと、気迫は伝わるが、『真正面から斬ってくれ』と言わんばかりの向き合い方になってしまう。やや斜めに構えつつ、軸足を踏み込みながら、足の力を手に持った武器に伝えるように立って……そのまま振り抜け!」
アルバーンは、草で作った人形を素早い斬撃で真っ二つに切り裂いた。剣を抜いた瞬間が、全くと言っていいほど分からなかった。
「この際に、臨戦態勢を取る。柄(つか)に手を掛けておき、同時に相手の手元を見る。そして、相手の初期動作に素早く対応して、刃先が顔面に向かって当たるように、剣を引き抜くんだ」
「難しいなぁ……やっぱりセンスないのかなぁ、私」
リカルドは不慣れな愛を見ながら言った。
そんなことないよ。親父はこう言いつつ、夜お母さんの前でお酒に酔いながら、『カジメグは素質がある』って笑ってたから」
「お前、恥ずかしいこと言うなって!!」
アルバーンは照れていたようだ。
**
メシェバ原野で過ごして、ひと月が経った。修行の穏やかで平和な日々もそう長くは続くはずもなかった。アルバーンの元に、悪い噂が舞い込んできた。
「アルバーン!!大変だ!!」
早朝、血相を変えて、若いリザードマンのラモンが、アルバーンの宿営に入ってきた。アルバーンは叩き起こされて、不機嫌そうに大きな欠伸をしながらラモンに言った。
「Ⅲ(ギーシャ)の国から、黒い三人の騎士が来た。お前らを殺しに来たらしい!!」
「なんだって?!」
「残虐な奴らで、ひと夜のうちに、城壁に群がっていた人間(トールマン)の革命軍を、殲滅(せんめつ)したらしい。早く逃げろ!!死ぬぞ!」
アルバーンはそれを聞いて悩んでいた。
「って言っても、カジメグの剣術はまだ未熟だし……馬も最近乗れるようになったばかりだし……どうしようか。リザードマンの軍も、どこまで対抗できるか分からないなぁ。ただ、このまま指を咥えて見ているのも、少し危険な気がする。家族を危険に晒すわけに行かないしなぁ」
「……どうする?」
「……闘おう!!」
ラモンはアルバーンの決断に非常に驚いていた。
**
翌日。雨の吹き荒れる朝。Ⅵ(ガウス)の国、アスカトル街から軍馬に乗って三人の騎士がやって来た。
「コロッセオで遊びすぎてしまったよ。ちょっと殺戮が過激だったかしら」
「いいんじゃない?それより、例の小娘は、ここにいると聞いたんだけれど」
「すこしずつ嬲(なぶり)り殺してみましょうか。そうすれば、誰かは白状するでしょ」
「リザードマンに腕試しなんて、粋なことしやがるぜ」
禍々しい雰囲気を放つ三人の騎士。手練れているようだ。女騎士はひっ捕らえた若いリザードマンの逆鱗に、刃を突き付けながら、大きな声で集会所に立って言った。
「カジワラとアルバーンを出しなっ!!皆殺しにされたくなければね!!」
「……ラモン!」
住民達は騒ぎ、どよめいている。
「ほぉー、こいつはラモンって言うのかぁ。先ずは最初の犠牲者ってわけだなぁ。早くしないと死んじゃうよー」
細身の男騎士が挑発した。少しずつ逆鱗に刃が食い込んだ。刃を伝って、血の雫が滴り落ちた。母らしき人物が膝を着いて泣き崩れているのが見える。
アルバーンは宿営の中で、入り口の幕から、外の様子を垣間見ていた。彼は正直驚いていたのだ。何故ならこんなに早く追手が来るとは思わなかったからだ。宿営の中で愛と顔を合わせながら戸惑っていると、リカルドが言った。
「親父、俺が代わりに行くよ。マルティとお母さん達を守っててよ」
リカルドがアルバーンにそう言い残すと、勇敢に宿営の外に出て行った。ラモンは瀕死の状態でやっと立っているように見えた。
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