【Ⅱ】PeaceⅩ「二つの夜」
満天の星が空を覆っていた。愛は、テントから外に出て星を見上げていた。
「美味しい食事だったなぁ、食べ過ぎてしまったよ。暖かい家族が羨ましい。帰りたいなぁ」
郷愁の思いに耽(ふけ)る愛。そして、更に気になることがもう一つあった。それははっきりと耳にした幻聴の主らしき声だった。
「しかし……マルティがした『ご飯のお祈り』の時に、またはっきりと声が聞こえたんだけれど、あれは何だったんだろうか」
**
「マルティ、食事のお祈りをしてくれ」
騎士団所属のアルバーン。宗教儀式上、食前の儀式は欠かさぬようにしているようだ。マルティは目を瞑ると静かな声でしゃべり始めた。
「……わかったー。『創造主様、いつもたくさんのご飯をありがとうございます。私達家族を、今日も生かして下さって感謝します。お父さんとカジメグとご飯を食べられることを感謝します』」
「『こちらこそ。私はあなた達を愛しています』」
マルティの祈りに呼応するかのように聞こえた幻聴。愛はマルティが喋ったかと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
「マルティ、何か言った?『こちらこそ……とか』って聞こえたんだけど」
「そう?気のせいじゃない?」
アルバーンと、他の家族もきょとんとしていた様子だった。マルティも、何を言われているのかよく分からない様子だったようだ。
「あ、いや、何でもない。気にしないで」
「カジメグ、お前……牢屋でもそんなこと、なかったっけ?急に頭痛がするとか言って、幻聴を気にしてて」
「んー、そうなんだよねぇ。なんか幻聴がたまに聞こえるときがあって。夢の中でも語られるの。暖かくて、男の人か女の人か判別できない声で、行く道を指示してくれるような。不思議だよねぇ」
愛は非常に戸惑いながら話していた。アウローラはそれを聞いて、少し驚き気味に返事をした。
「まさか、創造主様のお声じゃないかしら……私の勘違いなら、嫌なんだけど」
「なわけがあるかい。創造主様と話せる人なんて、聞いたことないよ。居たとしても、俺の先祖くらいだよ」
「だよねぇ。あ、料理冷めちゃうわ。食べましょ」
アウローラが料理を盛り分け、そして黙々と食事を始めた。会話の内容は種類に富んでいたが、少し興味を持つ内容があった。それは、種族間差別のことだった。
「……最近話題に上がらなくなったんだけれど、人間(トールマン)は、私達リザードマンのことを良く思っていないの。どうしてだと思う?」
アウローラが顔を俯かせ、悲しげに愛に質問をした。
「……王都レンダでも見たんですが、どうしてなんですか?」
「今から二百年前。『月の涙(フル・ドローシャ)』の地脈が枯れてから、五種族のうち、最も力を持っていた種族が、リザードマンだったの。そして私達の先祖は、周辺諸部族に力を行使して、制圧し、金銀財宝をかき集めていたの。『月の涙(フル・ドローシャ)』もその一部よ」
「……そうなんですか」
「惨たらしい血の戦争と平和が訪れない、種族間争い。エルフやノーム、ドワーフの技術開発はその時代に一気に飛躍したんだけれど、生命力が強く、堅い竜鱗を持っていた、リザードマンには戦争で勝ち目がなかった。そこで、平和の為に剣を抜いたのが……」
「そう、俺のご先祖様ってわけだ。アウローラ、こっから続けていいか?」
「うん。いいわ。私、お茶淹れてくるね」
アウローラは食べ終わった食器を下げ、そして、キッチンでお湯を沸かし始めた。マルティは、お腹が満たされたのか、うとうとしている。リカルドと愛は、再び話し始めたアルバーンの伝承に耳を傾けた……。
「騎士団が結成されたのは、ちょうど今から百年以上前の話。俺の先祖の牧者だった者に、『創造主様の語りかけ』があり、『人々を率いて、平和を築きなさい』とのお告げがあったらしい。そして、革命軍を起こして私利私欲のために動いていた、悪しき貴族階級を皆殺しにし、平和になるまで、舵(かじ)を取ったらしい……」
愛は考え込んでいた。何故なら、アルバーンの伝承の話は、自分の状況に対して、全くもって適用されるものだったからだ。そして、アルバーンは少し思い巡らしてから言った。
「……実はこの世界には、『創造主信仰』に関する教典があるんだ。古(いにしえ)の民が聞いたお告げや伝承、言い伝えを書き起こした古い書物なんだ。リカルド、ちょっとそこの本棚から持ってきてくれ」
「分かった。お父さん」
そう言うと、リカルドは立ち上がり、埃を被った本棚の書物から、一冊少し色褪(あ)せたボロボロの分厚い本を取り出した。本の上を払うと、机の上に置いた。
「俺はカジメグを牢獄で見てから、脱獄した時に、何か感じるものがあったんだ。……『――異国から導かれし、戦乙女(ヴァルキュリア)、波乱と血に満ちた世を、力と義によって制した。その栄光はとこしえまで――』って言葉があるんだ。……そうそう、この箇所だ」
そう言ってアルバーンは、破れそうになっている古書のページを捲(めく)り、指を指した。やや異国の言葉で古文書だった為、読みにくい箇所ではあった。しかし、愛は不思議と違和感なく読めるのを肌で感じていた。
**
愛はそして、テントの前に座り、星を見上げながら目を瞑った。そして静かに。静かに祈った。心の中で祈った。
「創造主様。あなたなのでしょうか。私を導かれたのは。私は力も名誉も、持ち合わせていない、一介の女子高生です。何にも出来ないんです。あなたが私にどんな計画をもたらして下さるのでしょうか。この地に平和は訪れるのでしょうか」
「――わたしを信じなさい――」
確かに祈りに呼応するように、声を感じた。愛は「幻聴の主」が「創造主」であることを、その瞬間に初めて心で理解した。そして、その夜はうなされることなく、ぐっすりと眠れたそうだ。
**
さて、翌日の夜。火が轟々と音を立てて燃える中、二百人ほどの住民が集会所に集められていた。アルバーンが招集したらしい。人々は一日の仕事を終え、疲れを覚える中で集まっていた。聴衆の中には、葡萄酒の瓶を片手に持ちながら、アルバーンの熱に帯びた弁舌を聞いていた。
「みんな!今日は、呼び集めてしまって申し訳ない。俺はお前らが噂している通り、捕らわれの身になってしまった。原因はヨハネス王だ。俺がⅢ(ギーシャ)の国に派遣され、手紙を持って行った。しかし、彼は聞く耳を持たずに、剣で真っ二つに羊皮紙の手紙を、目の前で裂き捨ててしまったんだ!」
拳を握り、天に突きあげるアルバーン。聴衆は不満をあらわにしてアルバーンに訴えた。
「おい、それはどういうことだ。詳しく聞かせてくれ!!」
「腹が立つ話じゃないか!!」
「お前らが知っての通り、世界規模で、『異教の儀式』が持ち込まれている。俺はリザードマンとしての交遊も兼ね、ヨハネス王に『それ』を辞めて欲しいと直訴したんだ。しかし、彼は聞く耳を持たなかった……そして寒空の下、宿を探していると、人間(トールマン)の間で、今も根深く残っている、『リザードマンに対する冷遇』に遭った。そして、そのまま牢獄に放り込まれてしまったんだ……。だが、そんな中、兆しを示してくれたのが、教典に言い伝えられていた『戦乙女(ヴァルキュリア)』だったんだ!前に来てくれ!!」
愛は複雑な表情を浮かべながら、熱い歓声の中で、恥ずかしそうに聴衆の前に出た。そして、引き続きアルバーンの熱弁が始まった。
「彼女は恐らく、『教典』に古くから言い伝えられている、『戦乙女(ヴァルキュリア)』ではないかと俺は思っている。彼女は異国人だが、持っていた僅かな『月の涙(フル・ドローシャ)』を使って、俺を釈放してくれた。それどころか、冤罪を掛けられていた二百人ほどの囚人達も、その深い慈愛で釈放してくれたんだ!……その時、俺は思ったね。彼女なら世界を救えると!」
一気に歓声が上がった。愛は恥ずかしそうに俯いた。そして、アルバーンの弁舌は頂点に達した。
「いいか!お前ら!!鬨(とき)の声を上げろ!反旗を翻せ!!平和をもたらす、『戦乙女(ヴァルキュリア)』に続き、剣を携えろ!!勝利は創造主の名のもとに!!」
アルバーンは銀色のハルベルトを高く、天に届くくらいに真っすぐに突き上げ、唸るような咆哮を上げた。それに応じる様に、ほぼ全ての会衆がアルバーンの咆哮に応じる様に、一斉に剣を天に突き上げた。愛もやや控えめにフランベルジュを天に突き上げたのだった――。
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