【Ⅱ】PeaceⅫ「泥沼の闘い」
「リカルド……来るな」
ラモンは女騎士に襟を掴まれて、小さくそう言い残すと、そのまま息を引き取った。
「歴史上最強種族と言われた、リザードマンが形無しだねぇ。あははは!こりゃあ本当に私達の時代が来そうだよ!!」
女騎士は上を向き、大きな声で嘲笑った。リカルドは悔しそうに唸りながら、三人の黒騎士を睨み付けていた。すると、女騎士と目が合った。
「なんだい、次の犠牲はアンタかい?……取りあえず、フリードリヒ。邪魔だから、この『大きなゴミ』は捨てちゃって!」
「あいあい」
重量感のある大柄な男騎士が、ラモンの遺体を無造作に投げた。住民の前に投げ捨てられた遺体には、身体中に切り刻まれたような跡が付いていた。住民達はそれを見てざわついていた。
「おいおい、おかしいぞ、竜鱗がこんなに深く切り刻まれているよ。可哀想に。失血したんだなぁ……」
「ラモン!ラモン!!うわぁあああん、戻ってきて!!」
泣き声と雑踏、憤怒。いろんな感情が集会場の中央で渦巻いていた。女騎士は手に持っていた武器を見せつける様に突き出す。青く禍々しい光を放っていた。
「『アスカトル街のコロッセオ』で奪い取って来た『ドラゴンキラー』は、威力抜群じゃないか!本当にドワーフの技術には惚れ惚れするねぇ」
「ドラゴンキラー……だと?!」
「おいおい、あれは封印されたんじゃなかったのか?」
一気に血の気が引く住民達。無理もない。これは歴史上開発された、『指折りの最凶兵器』だからだ。そして、彼らは恐れをなして逃げ始めた。すると、二人の男騎士が、逃げまとう住民を一人ずつ捕まえて、殺戮をし始めた。しかしリカルドは、そんな状況にも関わらず、士気が折れていなかった。
「お前ら!!それでも騎士団の末裔(まつえい)か!?逃げるんじゃねえよ!!」
ぴたりと周囲の空気が張り詰めた。そして、逃げ腰だったリザードマンの目の色が変わり始める。
「……悪かった。今のお前の一言で、目が覚めた」
「……そうだった。俺らは、気高き種族じゃないか」
そう言って、リザードマン達は、黒騎士三人に向き直り、臨戦態勢を組み始めた。それぞれ護身用の短剣や剣を持って、三人の黒騎士に斬り掛かった。しかし、戦闘経験の差もあったのだろうか。赤子の手をひねるように、黒騎士達は、竜鱗の境目を切り裂いた。血を流しながら、痛みにうずくまり、力なく倒れていくリザードマン達。リカルドは、その様子を見て呆然としていた。
「……なんてことだ。このままでは、全滅してしまう……」
「おいおい、威勢のいいお坊ちゃん。腰抜けかい?やんなっちゃうねぇ。口先だけの奴はさ」
細身で釣り目の男騎士がリカルドを挑発した。リカルドは、腰に差してあった剣に手を掛けた。それを見て、男騎士は二双の短剣を構えた。
「さーて、お手並み拝見」
リカルドは大声を上げながら、男騎士に斬り掛かった。しかし、リカルドが振り下ろした剣は、空を斬っていた。それと同時にわき腹を切り裂かれる痛みが走った。黒い血が切り口から滲んだ。男騎士が脇を掠めるように、斬り抜いて行ったようだ。苦い痛みに、歯を食いしばりながらリカルドは耐えていた。
「まぁ、こんなもんだろうよ!」
そう言って、男騎士は、荒々しい連撃をリカルドに当て続けた。リカルドは、必死に身を丸めて、剣で防御していた。その横では、大柄で重量感のある男騎士と、先ほど妖艶な女騎士が、住民のリザードマン達をいたぶっているのが見えた……にも、関わらず、リカルドは何もすることが出来なかった。その時、父親の力強い声が響いた。
「リカルド!!立て。力を抜け!!」
後ろを見ると、アルバーンが叫び、そばに愛とマルティが武器を持って立っていた。それを見て、黒騎士達は手を止めた。
「おやおや?指名手配中のご本人様の登場ですか!出てきちゃってもいいのかい?こんな場面でさ」
「わ、私達が相手よ!!」
愛は、震える膝を必死に打ち叩きながら、残虐な黒騎士達を睨んでいた。
「……リカルド、よく頑張った。まず力を抜け。攻撃がこわばってるぞ」
深呼吸するリカルド。そして立って、細身で釣り目の男騎士に向き合った。
「お前ら、名を名乗れ!」
面倒そうに、妖艶な女騎士が返答した。
「えー、言わなきゃいけないの?面倒だねぇ……私はダニエラ。ここの太っちょがフードリヒ。で、アンタの相手をしてたのが……」
「……バルテルだ。どうせ死ぬのに、何の足しになるんだ?」
バルテルはニヤリと笑った。それを聞いてリカルドは言った。
「三本勝負をしよう!それまでみんなに手を出すな!!俺と、お前達で闘って、負けた方が潔く言うことを聞くってのはどうだ?」
「面白い、やってみようか!……偉そうな口を叩くのも、今のうちだぞ」
「カジメグ、あの女を殺れるか?」
「……」
「そう、嫌そうな顔をするな。お前は死なない。大丈夫だ」
そう言って、アルバーンは、愛に一つの石を握り込ませた。
「聖魔石。お守りだ。邪気を払い、知恵を与えてくれると言われる石だ。お前には乗り越える山かも知れないな」
そう言って、アルバーンは、住民を避難させるとアウローラと愛と共に、離れた位置に退避した。
**
「さて、続けようか。バルテル」
「名前をまともに呼ばれたのが久しぶりだぜ。俺の攻撃を見抜けるかな?」
バルテルは、そう言うと二双の剣を構え直した。そして地面を蹴りながら、前後に飛び退き、連撃の太刀筋を増していった。リカルドの身体に傷跡が増していく。リカルドは深呼吸し、目を瞑っていた。一歩も動かず、身体を前に、後ろに、と斬られ続けるリカルドを、住民達ははらはらした目で見ていた。
「あいつ……やられちまうぜ?」
「いや、どうかな」
アルバーンは落ち着いた目でリカルドを見ていた。バルテルはリカルドの身体を見て、興奮状態になっていた。滲み出る血と、生々しい切り傷を見たからだ。
「ひゃひゃひゃ、これだからやめられねぇんだよ!!」
しかし、リカルドの切り傷は浅かった。筋肉を怒張させて、斬撃を受け止めていたのだ。
次の瞬間だった。リカルドはしゃがみ込んだ。そして、バルテルが突進してくると同時に、右腕を突き出して、筋肉を弛緩させた。バルテルの持っていた右の刃が鱗を裂き、腕の肉に突き刺さった。そして、リカルドは右腕に力を籠め、もう一度、腕に力を籠めた。すると剣が抜けなくなり、パキンと音を立てて折れてしまった。そして、バランスを崩したバルテルの腹部を左手の拳で、鎧の上から突き破るような勢いで殴った。
メコッと金属のひしゃげるような鈍い音がして、バルテルは後方に吹き飛び、背中から強かに集会所の柱に叩きつけられた。
「ゲホッ!」
リカルドは息を切らしていた。身体が上気していた。目が血走って赤くなり、右腕から血が滴っていた。手が付けられないような、獣さながらの激しい風貌は、好青年のリカルドとは全く別の雰囲気を放っていた。
「カウンターが決まったな。あそこまで痛めつけられば、そう敵も長くない」
ふらふらと立ち上がるバルテル。黒い鎧の腹部には、くっきりと凹みが付いていた。それに対して、リカルドは朦朧(もうろう)とする意識の中、背中に背負っていた鞘から、ゆっくりと長尺の剣を引き抜いた。そして睨み合い、ゆっくりと歩み寄った。その時、二人の前に一振りの剣が投げられ、地面に突き刺さった。
「使いなっ!!」
周囲の住民達がざわついた。バルテルはダニエラからドラゴンキラーを投げ渡されたのだ。バルテルはふらふらと歩き、突き刺さった剣を地面から引き抜いた。雲が空を覆い、陰りだした。アルバーンはその様子を見て、やや不安の陰が差し始めた。
「まずい……これ以上長引くと、リカルドが危ない」
「えっ、どういうこと?」
「リカルドは、リザードマン特有の『ゾーン状態』で闘っているんだ。一定時間、血流を激しくし、身体を興奮状態にして、力任せに闘っている。だが、この状態から抜けると一気に無気力になるんだ。長引くとまずいぞ……その上、相手はドラゴンキラーを持っている……これはまずい」
そう言っているそばから、激しく剣をぶつけ合い始めた二人。火花が激しく散っていた。怒りの感情をあらわにして闘うリカルド。バルテルは重い一撃を、強度の高いドラゴンキラーで何とか受け止めていた。バルテルが飛び退いて躱(かわ)すと、草木が裂かれ、地面にざっくりと、亀裂のように抉れた跡が付いた。
「ラモンの仇!!この人殺し!!極悪人」
「……ぐうう、痩せっぽっちのクソガキかと思ったら、なんてことだ……腕が痺れる」
バルテルはリカルドを完全に舐めていたようだ。勝てる相手にしか、勝負をしない彼にとって、生命力の強いリザードマンは、相性の悪い敵だったことを、今更になって感じていた。
その時だった。リカルドは、バルテルの脳天に向かって、力いっぱい剣を振り下ろした。とっさの判断でドラゴンキラーを構えるバルテル。剣同士が激しく打ち当たった。そしてリカルドの剣先は、ドラゴンキラーに打ち当たり、半分から先が折れて弧を描き、弾け飛んだ。
その瞬間、誰もがリカルドの負けを覚悟した……しかし、バルテルはリカルドの重い斬撃を受け止め切れずに、ドラゴンキラーを落としてしまった。そして……折れた根元の剣は、バルテルの身体まで皮一枚の差で到達し、首から肩口に掛けて、深く刺さり込んだ。そして、バルテルは切り傷から血を噴き出して、前のめりに倒れた。
リカルドは剣を落とし、右腕から、血を激しく噴き出して……倒れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます