【Ⅱ】PeaceⅧ「星見の夜」
ルノー山脈の麓の荒野。満天の星空が広がっている。すっかり辺りは夜になり、狼のような獣の遠吠えが響いていた。愛とアルバーンは近くに馬を繋いで、パチパチと焚火(たきび)の燃える中、星を見上げながら話していた。アルバーンは宝物蔵から拝借した、葡萄酒(ぶどうしゅ)を飲んでいるようだ。
「えっらい騒ぎにしちまったなぁ、カジメグぅ。どうするよぉ?」
「どうするもこうするも、あの状況では逃げるしかなかったでしょ!あのまま私達、死ぬかも知れなかったんだよ?」
笑いながら冗談交じりに言い、愛の肩を叩くアルバーン。本気になって心配する愛。歳の差もあってか、若干会話の温度差が感じられた。
「カジメグはぁ、……馬に乗れるようにならないとダメだなぁ。この先も頑張ってもらわないといけないんだからさ。おんぶにだっこじゃあ、おいさん困っちまうぜ?……因みに、Ⅲ(ギーシャ)の国まで、どうやって来たんだ?」
「えーっと……汽車と徒歩かなぁ。途中、死にかけたけど。……あ、そうそう、シャトリ山脈まではこんな感じで背中に乗せてもらったんだったっけ」
愛は何度も潜り抜けてきた死線を思い返しながら、アルバーンに話していた。アルバーンは、戦闘経験から馬の良さについて、熱く語り始めた。
「馬はいいぞ。俺が言うのもなんだが、目線が高くなって、戦況が見渡せるからな。それに足も速い。可愛いし、言うことも聞いてくれるしな。それに……リザードマンは半獣みたいなとこがあるから、意思の疎通が取れるしなぁ」
「えっ、なにそれ?!羨ましいー!!じゃあ、あそこに繋いでる、馬の言葉も分かるの?」
「分かるよー。馬鹿にするなぁ。例えば腹減ったなぁ、眠いなぁ。寒いなぁとかな。因みに、カジメグは、なんて思われてると思う?」
「……なんて?」
「そうだなぁ、おちょこちょいのお嬢様だとよ」
「アル!!怒るよ!」
和やかな団らんが続く中、王都レンダでは、激しい混乱が起きていたようだ。
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囚人と暴徒で脱獄して街中が混乱して、収拾がつかなくなっていたようだ。ヨハネス王は激しく怒り、城門を固く閉ざした。そして、近衛兵に窓から何発も弓を射らせていた。軽装備の革命軍は、身体に矢を何発も受け、体中を射貫かれて、失血死ながら倒れていった。しかしそれを礎にして、更に、激しい王政への抵抗が巻き起こったのだった。血の争いが巻き起こっていたのだ。混乱に乗じて逃げた愛は、アルバーンの手懐(てなず)けた軍馬に、一緒に同乗する形で鞍に跨(またが)り、一気にルノー山脈まで駆け抜けた。アルバーンは、一言、二言を自分にしがみついている愛に言った。
「お前には、その……何となく見込みがあると思うんだよ」
「アルは、私になんて言ったの?『祖国の王を殺してくれ』とか、聞こえた気がするんだけど」
「ああ……そうだなぁ。……それに関しては、また追い追い話すよ。今から飛ばすぞ!!舌噛むぞ!!」
アルバーンはそう言った後、ルノー山脈の麓(ふもと)まで辿り着いたのだった。追手が来ることも考えると、明朝からは目立つ行動は取れない。それを考えて、アルバーンは言った「山脈鉄道を使わずに、徒歩で山間を歩こう」と。彼は抜けた先にある、メシェバ原野に思いを馳せながら「メシェバ原野に妻と二人の子どもが待っている。うまいものを食わせてやるよ」と笑いながら言ったのだった。
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音を立てて爆ぜる焚火を前にし、二人は楽しく談笑していた。しかし、アルバーンは思い詰め、急に表情が変わって愛に話し始めた。
「これから激しい戦争になる。ヨハネス王のことだから、きっとひと月もしないうちに、俺達を殺す刺客を寄こすだろう、その為に対策をしておかなきゃな」
「え?本気で言ってるの?」
「やらなきゃやられる、そういうものだ。あの疑心暗鬼を敵に回したのは、寧ろ、好都合だったのかも知れん。実際、Ⅲ(ギーシャ)の国は今、恐ろしいことになってるしな」
「私が原因を作った一人でもある……と」
愛は神妙な表情で言った。そしてアルバーンは愛に言った。
「お前、俺と一緒に闘わないか?この世界を正すために立ってくれ!」
「一介の女子高……小娘に、戦争に出ろって?!私は非力だし、なんにも出来ないんだよ?しかも、人を殺すなんて……意味が分からない」
愛はびっくりした様子で聞き返した。アルバーンは豪胆で破天荒のようだ。真に受けるととんでもないことになると思っていた。しかし思考が追い付かない。不思議なことに、何となく予想は出来ていたのだが、覚悟が決まらないのだ。
「……あなたさぁ、簡単に言うけどねぇ、私……」
おどおどと怖気づいている愛に対し、アルバーンは爪を剥きだして、愛を押し倒すと、腹に馬乗りになり、自分の鋭い爪を首元に突き立てた。首の皮一枚が裂けて、うっすらと血が滲み、地面に滴り落ちた。愛は腰に帯びた短剣に手を掛けたが、一瞬の出来事だった。
「ほら。この間、一秒もかからず、お前はあの世逝きだな。お前の身はお前にしか守れないんだよ!二本足で立って、いい加減言い訳してないで闘え!」
「……」
アルバーンの冷たい視線が愛に突き刺さった。愛はリザードマン独特の鋭い、蛇のような鋭い睨みに、背筋が寒くなった。思わずそっぽを向き、目線を反らした。心ではいっそのこと「殺してくれ」と思っていたようだ。
「なんで私にこんなことを強いるのよ。訳分かんない。あの日、ラインヴァルトと別れて、つり橋を切り落とした時も、山賊の悲鳴と罵倒がずっと耳に残ってるの。それから縄を切った感触が……未だに手から離れないんだよ?」
「殺すってことはそう言うことだ。今だって俺の同胞が前線に立って、世界平和の為に闘ってる。悪い奴は、自分の為に、簡単に他人の命を奪う。けれど、綺麗ごとじゃなく殺さなければ、家族にしても、何にしても弱い奴は守れないんだよ。俺はお前がどこから来たかは知らん。ただ平和な日和見主義者なのが羨ましく思うね。俺は」
アルバーンは饒舌気味にまくしたてながら言った。それを聞き、愛は黙っていた。そして一言。
「……少し時間をください」
アルバーンは愛の上から退いた。そして愛は、鎧についた土埃を払った。その後木々のある方角に行き、静かに星を見上げながら考えていた。アルバーンは残った葡萄酒を飲みながら、ゆっくり火を眺め、大ネズミを焼いたものを摘まんでいた。……しばらくして、愛は戻ってくると言った。
「アル、もっと焚火を大きくして!」
「何をするんだ?」
「いいから!」
愛は怒りっぽく言う。アルバーンは薪をくべ直すと、口から大きく息を吸い込んで、火を吐き出した。そして轟々と火が大きくなった。そして、愛は火を見て頷いた。
**
しばらくして愛は、腰に帯びた短剣で長く延ばした髪の毛をバッサリと切り落とした。そして、バッグに入った高校の制服を取り出すと、切った髪の毛をそれに包み、轟々と音を立てて燃えている火の中に投げ込んだ。火の激しい明るさに、彼女の顔がくっきりと照らされていた。涙を堪えながら歯を食いしばっているように見えた。滴り落ちる涙は、顎の先から落ちて、地面を濡らしていた。
「今までありがとう。そしてごめんなさい」
「お前……本当にいいのか?」
アルバーンは愛に聞いた。愛は黙って二回返事をし、アルバーンに言った。
「いいの。もう未練はないし。私、この世界でたとえ死ぬことになっても、悔いはないと思ってる。それに、闘うとなると髪の毛って邪魔でしょ?男に見られた方が……何かと得だしね」
女性にとって髪の毛を落とすことが、どれだけ覚悟がいることなのかを物語っているように見えた。アルバーンは思った「顔つきがすっかり変わって頼もしくなったな」と。
「……伝説は本当だったな」
「……何か言った?」
「別に」
**
――Ⅲ(ギーシャ)の国、王都レンダ城下――。
「王を出せ!!門を開けろ!!」
「そうだそうだ!!あんな奴はギロチンに掛けてしまえ!!」
激しく暴徒が城門を叩き、抗議している。ヨハネス王は椅子に座り、ゲイラー大臣は窓から城門の様子を見ていた。
「王様、このままでは突破されてしまいますが、どうしましょうか?」
「大臣、奴らをこの場に集めよ。話がしたい」
「承知いたしました」
大臣に呼ばれ、黒く禍々しい鎧を着た三人の騎士が、王座の前で跪(ひざまず)いた。
「あのうるさい暴徒を黙らせよ。それから、この原因を作った異国人の女と、リザードマンの男の首をこの場に持って参れ!」
「承知いたしました」
**
「おいっ、門が開いたぞ!突入しろ!!」
人が波のように城に入り込もうとした。その時、先頭に立っていた長身の女騎士が、二本の長槍を力強く投げた。長槍はまっすぐに軌道を変えずに飛び、暴徒の頭や腹を貫き、数人の者は、壁に釘を打ち付けられるように、身体が張り付けられるようして、臓腑(ぞうふ)を槍に貫かれ、ぐったりと息を引き取った。そして、それを見た暴徒は取り乱し始めた。数人が逃げようとし、その背後から、二振りの短剣を両手に持った男騎士が走り抜けた。そして暴徒達の首や脇、胸、腹などを流れるように切り裂いていく。血飛沫が辺りに散り、暴徒達は首から血を流し、臓物を腹から垂れ流しながら、亡骸となって、次々に倒れていった。
そして、恐怖に立ちすくみ、震えて動けなくなった者に対して、太った男騎士が、棘付きの大きな鉄球のような形をした金槌を、棒切れを振り回すように軽々と扱いながら、いとも簡単に吹き飛ばしていった。数人は原形を留めずに、強い衝撃によって、肉片が四散していった。そして、辺りは無音の空間と血だまりに変わっていたのだった。
「たった三秒で片付いちまったよ。あっけないねぇ、けけっ」
二双の短剣を持っていた男騎士は、頭の後ろに手を組みながら言った。
「大口叩く割には、みんなチキンじゃない。早くお待ちかねの可愛いお嬢ちゃんと会いたいわぁ。ご対面はいつになるのかしら」
長槍の女騎士は、皮肉っぽく言った。そして、足元に寝転がっていた、躯(むくろ)を蹴り飛ばした。
「ったく、弱っちいなぁ。近衛兵は連中に怯えてたのかよ。それよりなんか食べないか?」
棘付きの大槌を持っていた男騎士は涎を垂らしながら、辺りに漂う血の匂いを嗅ぎまわっていた。そして、それに対して、女騎士が言った。
「まぁ、坊や、可哀想ねぇ。好きなだけ食べられる時が来るから、待ってなさい。歯ごたえも手ごたえもばっちりな、大物がねぇ……私の子猫ちゃん、待ってらっしゃい」
彼女は、指についた血を口紅のように唇に塗ると、ニヤリと笑ったのだった――。
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