【Ⅰ】PeaceⅦ「脱獄。そして?」



 愛は数日間、謎の幻聴を聞くこともなく、ただ消耗的に牢獄で過ごしていた。食事は一日に二回。朝と夜で、時間にしてそれぞれ八時に出される。味は良くない。それに消化も悪いものばかりで、吐き戻しそうになったことが、何度あったことだろうか。




 暇つぶしと言えば、向かいのリザードマンの男性、アルバーンから話を聞くことだった。彼は十字軍の軍団長で、Ⅻ(ダース)の世界の創造主の信仰者として、世界中に派遣されていらしい。宗教上、肉は食べないそうだが、それも地方によるらしいのだとか。奥さんと子どもをⅩ(ムーズ)の国のメシェバ原野に残し、Ⅲ(ギーシャ)の国に、大使として来たそうだ。


ミスリル製の銀のハルベルト。それから、ミスリル製の銀の鎧を番兵に奪われてしまい、今は奥の宝物蔵にしまってあるらしい。




**


 「……アル、考えたんだけど、この牢獄には何人の囚人が閉じ込められているの?」


 「ざっと見て二百人ってとこか。収容出来る人数は五百人だがな。その中で極悪人は一握り。それ以外は、ドワーフやエルフ、それからノームに……俺らリザードマン。そしてお前ら人間(トールマン)。この近くのⅥ(ガウス)の国にアスカトル街って、Ⅻ(ダース)の世界のセントラルがある。そこが貿易中心都市になってて、観光がてら来た奴もいるんだろう。可哀想にな」


 「私が王に羊皮紙で手紙を書いても、近衛兵の手で破り捨てられてしまう一方だしなぁ……」


 愛は囚人服のポケットをガサガサと探ると、とっさの判断でポケットに入れた「板チョコの切れ端」が手に当たった。それを取り出して見ていると、彼女は何かを思いついたようだ。




 「あーるっ!いいこと思いついちゃった!」


 「お前、何か秘策があるのか?」


 「まぁまぁ、見ててって」




**


 夜の八時。鍵を持った番兵が、食事を持って見回りに来た。うるさく騒いでいる囚人の牢獄の格子を蹴り飛ばし、食事を強引に突っ込んだり、時に躾(しつけ)の為に食事を抜いたりしているようだ。アルバーンも食事を提供され、ぶつぶつまずい食事に文句を言いながら、食事をしていた。そして、愛も食事を提供された。番兵が立ち去ろうとした時だった。


 「ちょっと、ちょっと、カッコいいお兄さん!いいお話があるんですが、来てくれませんか?」


 「……ったく、なんだよ」


 愛は窓から差し込む月の光が一番良く当たる角度で『チョコレート』を持つと、番兵に見せた。


 「これ、欲しい?」


 「……ちょっ、ちょっ、ちょ、お前!?それどこで手に入れた?!」


 「へ?この国では珍しいの?私は異邦の国の出身だから、ちーっとも珍しくないんだぁ。お兄さん、出してくれたら、このフル……フルぅ、なんだっけ。これ、あげるよー」


番兵は唇を噛み締めながら、必死にそっぽを向いた。あくまでも「仕事上の責任」を全うしようとしているようだ。しかし、アルバーンもなかなかの策士だったようで、愛の策に格子越しから乗ってきてくれた。


 「おい、番兵さん。俺も、その子と話してみたんだがよ、故郷じゃあ、なかなかの大金持ちって聞くぜ?ここで門番をしてるよりかはずーっと、一生遊んで暮らせるくらいの、たんまりとしたお金くれんじゃねーかなぁ」


 「……くっ、分かったよ。お前だけだぞ。出ろよ」


 番兵は渋々鍵を開け、、愛は自由の身にされた。しかし、愛もそう甘くはない。「チョコレート」を半分にすると、番兵の手に乗せた。もう半分は格子越しのアルバーンに向かって投げ渡した。番兵の身体はチョコレートを追って格子越しのアルバーンの近くにまで寄った。


 「ごめんね、『私のお友達』を出してくれたら、もう半分あげるよ」


 「ふざけるな!……お前、約束が違うじゃないか!」


 番兵が激怒しかけた。しかしアルバーンは、格子から手を延ばすと、番兵の喉元に鋭い爪を突き立てた。番兵は冷や汗を流し、アルバーンの低くて唸るような声に観念していた。


 「死にたくなければ、さっさとそのお嬢ちゃんに鍵を渡しな。そしたら約束の物はやるよ」


 「へ、へい」




 愛とアルバーンが出て、番兵が何事もなかったかのように、逃げようとした。しかし、二百人近くの囚人は激しく番兵を責め立てた。


 「俺も出せ!」


 「あいつらだけ卑怯じゃねーか!」


 「そうよそうよ!!まずい食事はもうこりごりよっ!」


 愛とアルバーンは、笑いながら顔を見合わせた。愛は「殺さないように手加減してね」とアルバーンに言うと、アルバーンは青い竜鱗の輝く肉付きの良い太い腕で、番兵の腹を鎖帷子(くさりかたびら)越しに力いっぱい殴った。番兵は吐瀉物(としゃぶつ)を吐き出すと、身体が激しく鉄格子に叩き付けられ、気を失ってしまった。愛は番兵のポケットから鍵を取り出すと、アルバーンと一緒に「罪のない人」を手早く釈放していった。




**


 愛とアルバーンは、牢獄の囚人の荷物が押収されている宝物蔵から、自分らの装備品を探し出し、そのまま身につける。愛は大事そうにミスリルの小箱を抱きしめた。


 「はぁ、傷ついてないし、中身も無事だわー」


 「おっ、葡萄酒(ぶどうしゅ)がある。貰っていこうかなぁ」


 「アル、人の物は盗んじゃダメでしょ?」


 「……ちっ、分かったよ。それはそうと、お前、そのたくさんある『月の涙(フル・ドローシャ)』、一体どこで手に入れたんだ?」


 「二ホン……って言っても、分かんないよね!ああ、このくだり、何度目だ?……って細かいこと話してる場合じゃない!早く逃げないと!」


騒ぎを聞きつけた近衛兵が地下牢に降りてきたようだ。愛とアルバーンは、釈放された囚人達の人混みに紛れて、そのまま城を脱出したのだった。そしてアルバーンは、城に繋いである大きめの軍馬の縄を解き、それに跨(またが)って愛を持ち上げて乗せると、Ⅹ(ムーズ)の国にあるメシェバ原野に向かって馬を走らせたのだった。


 「カジメグ。お願いがある!……俺と一緒に祖国の王を殺してくれ!」


 「え?……」


 ひやりとした汗が、愛の頬を伝った瞬間だった。






――【Ⅱ】に続く。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る