【Ⅰ】PeaceⅥ「ヨハネス=ヘンライン」
白塗りの堅固な城壁を囲む、槍の突き出た要塞の城、その一角を根城とする国王ヨハネス。彼が三国を統治して、三十年が過ぎようとしていた。白髪交じりの口髭(くちひげ)を蓄えた、訝(いぶか)しげな表情の男性は、地図を見ながら悩んでいた。
「ビョエルン大臣、最近、私は国策の方向性に悩んでいるんだ。Ⅺ(ロファ)の国と平和提携を結んだはいいものの、なかなか上手くいかない。いつか誰かに寝首を搔かれそうだと思うと、ひやひやして、夜も眠れないんだ。それに最近は特にリザードマンが国を出入りしているような気がするんだ」
「国王様、これから申し上げること、無礼を御赦し下さい。私が思うには、国王がミケル国王に勧められて、不老不死の為にと、お始めになった『悪魔崇拝』が一番宜しくないと思っているんです。この国もⅪの国に倣(なら)って、一昔前は十字軍を遠征させていたではありませんか」
「貴様も、私に歯向かうのか?!無礼な奴め!」
「いえ、そうは言っておりません。私も、国王には健康でご立派に、国を治めて頂きたいと思っているんです。しかし、少し最近の国王は、疑り深い所が、御有りではないでしょうか?少し、周囲の方々にも御心(おこころ)を開いて頂いてはどうでしょうか?」
「そうだろうか……うーん、そうだろうか、私も最近は色んなものに怯えるようになってしまったような気がするのだ。また誰かが私の首を狙わないだろうか。野心家の者共が、最近は多いからなぁ」
その時だった。ビョエルン大臣と話しているヨハネス国王の前に、一人の近衛兵(このえへい)が、跪(ひざまづ)いて頭を下げた。
「国王、あなたとお話をしたいと言う女性が来ております。異国の出身で、名をカジワラと名乗る女性であります!お通ししましょうか?」
「うーん、面倒がなければいいのだが」
「話だけでも聞いてみましょう。いい話かも知れませんし」
煮え切らない態度のヨハネス国王に、ビョエルン大臣が一言言い、愛はヨハネス国王と対談することになった。
王の間に愛が通され、玉座の前に跪(ひざまず)いて、畏(かしこ)まる形で、ヨハネス国王の前に向き合った。愛は言葉が上手い方ではなかったが「誰かから語らされているような不思議な感覚」で、淡々と。しかし凛とした口調で、ヨハネス国王と会話を交わしていた。
「ヨハネス国王様、誠に貴重なお時間を頂き、感謝致します。今日は、ヨハネス国王様に、……二つほどお話があり、国王様のもとに参りました。これからお話しするお話、ご無礼を承知の上でお話しさせてください」
「うむ。どんな話だろうか。私の気に障らない話なら良いのだが……」
「まず、一つ目です。この世界に存在している『聖杯』と言うものを見せて頂けないでしょうか?私めは田舎出身で、物珍しいものにとても興味が湧いているのです。もしかしたら一生涯、見られないかも知れない。そう思っているくらいなのです」
ヨハネス国王は少し考えた後、大臣に指示をした。
「……理解した。お前がそこまで言うのなら。ビョエルン大臣、彼女が仰せの物を、こちらに持って来なさい」
「承知いたしました」
ビョエルン大臣が、慎重に持ってきたガラスの箱。それはヨハネス国王と、愛の間に置かれた。その中には、白く透き通った砂で編まれるように作られた、綺麗な杯(さかずき)に、血のように赤く透き通った水が溢れ出していた。愛は息を呑みながら、この聖杯が存在している意味をヨハネス国王に聞いてみることにした。
「ヨハネス国王様、私めが無知なことをお詫び致します。この聖杯が存在している意味を教えて頂けますでしょうか」
「これは古来から、Ⅻ(ダース)の世界に伝わる、『デザート杯』と言う物だよ。諸国の王に、授けられているものだ。『神の杯』とも呼ばれているな。この聖杯を譲り受けた者は、知恵を得、世を統治する力を受けるとも言われているのだよ。しかし本当に存在している理由は、私にも分からないのだよ」
「そうなんですか」
「この世界に『四つの聖杯』と『四人の王』が存在する。私もその一人だよ。ただ、最近争いが絶えなくてな、お前は改めて聞くが……この聖杯を私から奪いに来たのではないな?」
ヨハネス国王の目つきが鋭くなった。愛は寒さを感じ、必死にヨハネス国王からの言葉を否定した。
「いえ、いえ、滅相もございません。そんな畏れ多いことを」
「なら、宜しいのだが。さて、もう一つのことを申してみなさい」
「これも、ご無礼を承知で申し上げます。ヨハネス国王様に『悪魔崇拝』をやめて頂きたいのです!」
「貴様も私に口答えをするのか!おい、お前達、この忌らしい女を地下牢に投げ込んでしまえ!」
「……はっ!」
すると、何人かの近衛兵が来て、強引に愛を押さえつけると、地下牢に連行していってしまった。変貌したヨハネス国王と愛に対する不遇な態度に対し、彼女はとても驚き、必死に抵抗して、無力ながら悲鳴を上げたが、それもただ虚しく、王の間に響くだけだった――。
**
そして薄暗く、湿った地下牢。愛は囚人服に着替えさせられ、地下牢に物のように乱暴に投げ込まれてしまった。時折聞こえる猛獣のような鳴き声と共に、罪もなき人達が、釈放を求めて虚しく、必死に叫んでいた。番兵が愛の牢の鍵を閉め、そのまま行ってしまった。愛は先ほどの丁寧な物腰柔らかな態度とは一変、「女子高生らしさ」をむき出しにして不平不満をぶちまけた。
「あー、なによ!上手く行くと思ってたのにー……こんなのアリ?!私が一体何をしたって言うのよ!」
格子から顔を出して、出せと文句を言う愛。しかし、声は辺りに虚しく響くだけだった。愛は突き付けられた事態に心の底から疲れ切り、冷たい牢獄の壁に背中を押し付けて、ぐったりと首をうなだれた。すると向かい越しの牢獄から、愛に話し掛ける声がした。少し低く獣のような口調で話しているように聞こえた。その声には何となく聞き覚えがあった。
「なんだよ、お前、……捕まったのか?」
「えっ、宿屋の前にいたリザードマン?!」
「お前……見てたのか?あのみっともない現場を。笑っちまうよなー、全くよぉ。……俺の祖国も、人間(トールマン)の国もみーんな腐っちまったよなぁ。三十年前のヨハネス国王は、こんなに疑心暗鬼で荒れてなかったのにな。おい、人間(トールマン)の女、お前も殺されないように気を付けろよ。せいぜい長生きするこった」
向かいの牢獄のリザードマンは、悪態をついてゴロンと横になり、うとうとし始めた。愛は危機感を覚えたのか、切羽詰まった口調で必死になって彼に訊(き)いた。
「え?どういうこと?……私、殺されちゃうの?!」
「全く、平和ボケしやがって。お前……さては、田舎の出身でなーんも知らないんだな。最近は反逆罪って理由で、血を流す奴が絶えないんだよ。俺の祖国も、この国の同胞も、何人も冤罪を掛けられ、無抵抗に殺されたんだ。後は『魔女』って偽証されて死んだ奴もいるな。種族問わずに。今、世界は血に満ちてる」
愛は顔が青くなり、そのままめまいがして、後ろに倒れそうになった。リザードマンは、愛に興味を持ったのだろうか?彼女に質問をした。
「……お前、改めて聞くけど、どの国から来たんだ?なんか顔立ちも見慣れないし、言葉の訛(なま)りも違うし……人間(トールマン)にしては、幼い顔をしてるよな」
「え、私?私は……梶原 愛(かじわら めぐみ)って言うの。日本ってとこから来たの……って言っても分からないよねぇ」
愛は頬を掻き、苦笑した。リザードマンは、首を傾げながら何度も愛の名前を復唱していた。
「二ホン?ん……カジ……メグ?……カジ?メグ?変な奴だなぁ」
愛はこのくだりは「ラインヴァルトにも言われたなぁ」思い出して苦笑していた。そして彼女はリザードマンにも笑いながら名前を聞いた。
「こうやって言われるの、あなたで二回目だよ……笑っちゃうよね。あなたのお名前は?」
「俺?俺は『アルバーン=アイマール』。十字軍の百人隊長だよ。Ⅺ(ロファ)の国の出身だ」
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