第2話 変化した日常
アルフと会って数年。
メルは以前よりも一年という時間が短くなったように感じた。
今までは怠惰に同じことを繰り返し行ってきた。しかし、その時間をメルは無意味だとは思ってない。
しかし、ただ一人で生きるのが辛かった。
今はアルフと過ごす時間は充足している。
新たな知識を得るのは、知らなかったことを知るのは、とても愉快だ。
でも、と、メルは空虚な目で空を仰ぐ。
メルがこれまでそうしなかったのは……。
昨日、アルフはメルについて聞いた。
どこで生まれて、どこから来たのか。
しかし、メルの答えは「分からない」だった。
アルフは溜息をつく。
初めて会って数年、時間が経ち、笑い合ったこともあった。
ふと、脳裏で、まだ、受け入れられてないのか、と自分で頷いている自分がいる。
アルフは思い出す。
初めて会って数年、時間が経ち、しかし、どこか距離を作られている気がする、と。
メルは秋を感じさせる道を踏みしめ、今日も町に向かった。
アルフがいるはずの中央にある広場に歩みを進めるが、足を止める。
広場では「結婚式」と呼ばれるものを催されているらしい。
メルは遠目に様子を伺い、小さく口角を上げる。
メルは何をするのかは知っている。
人間の生涯ずっと一緒に居ることを誓う儀式。
何か惹かれる、と頭の隅で思っている自分を、首を振り消し去る。
私には関係ない、と。
アルフを発見できたので、近くのベンチに座るように促す。
最近は町でのんびり過ごすことが増えているなぁ、とメルは心中で呟く。
前までは少し遠くまで歩いていたが、しかし、これはこれでいい、とメルは付け足す。
ぼーっと眺めているだけでも疑問は浮かぶ。
その疑問はアルフが答えてくれる。
そこからメルは、ならばなぜ、と疑問が生じる。
「アルフ」
「ん?」
「どうして――」
メルは聞いていいものかと迷い、口を閉じる。答えを聞くのが心躍る反面、怖いと感じる。
「どうして――」
しかし、知りたいのだ。
「――私に、この世界のことを教えてくれたの?」
些細な疑問。だが、メルは初めて会ってからこの日まで、ずっと心の底にあった大切な疑問だ。
アルフはいつもどおりの笑みを浮べて、こう答えた。
「悲しそうな顔をしてた、からかな」
さらに、言葉を連ねる。
「なんとなく、話したら少しでも楽になることもあるし」
どこまでも優しいアルフの言葉。
メルは必死に笑みを浮かべようとして、
でも、涙が溢れて。
こんな感情初めてだ。
メルは今まで生きていた時間を振り返ってそう思った。
「――メル」
いつもの何でもない日常のように話しかけるアルフ。
「何?」
アルフはベンチから立ち上がり、真剣な表情でメルの前で跪く。
メルは何事か、と疑問が生じたが、次のアルフの言葉でそんな些細な疑問は上書きされた。
「ずっと、僕と一緒にいて下さい」
え? メルはアルフの顔と手に持っているものを交互に見る。半ば呆然と、纏まらない思考の中、アルフの言葉を反芻する。
『ずっと一緒にいて下さい』
動き出した思考。
私もそう望んでいた。
しかし、しかしだ。
メルは迷わざるを得ない。
いや、メルはすべてを振り切ったように、満面の笑みで頷き、
「はい」
と答える。
アルフは安堵したように再び顔を綻ばせる。
アルフは初めて見たのだ。
目の前の少女の、メルの、心の底からの笑顔を。
そして、何より、メルの答えが聞けたことに。
メルが出会ったときに比べて悲しみが和らいでいてくれ、とアルフは強く願っている。
目の前にいるメルが再びあの表情に戻らないようにと、今ここで、誰に言うでもなく、心中で固く、固く誓う。
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