第3話 変わらない日常


 アルフはメルがこれまで一人でいた長い時間を満たしてくれた。


 アルフと会って『50年』が経過してしまった。


 ああ、やはりか、とメルは心の中で嘆く。


 目の前のアルフの姿を見るのは、数日前では耐えられなかった。

 しかし、今は、どこか客観的で、それでいて冷静な思考。


 ベットで横たわる、シワが畳まれた顔。枝のように細くなってしまった四肢。


 歳を重ねるアルフを見るのは、本来ならば、これほど長い間一緒に過ごしているんだ、と喜びを覚えるはずだ。


 そうそれは、普通の人間ならば芽生える感情だ。


 常識を逸してしまった者は、ただただ、恐怖を覚えるばかりだ。


 何しろ、今のメルの姿は、アルフと初めてあったときと全く変わっていないのだから。


 が備わっていないメルからすれば、アルフの変化は、自分と一緒にいられる時間を表すようだった。


 『好き』というものが生じて、実感してしまったからだろうか……メルは先程まで、塞ぎ込みながら、彼から教えてもらった歌を歌っていた。


 忘却機能を恐れていからかもしれない。

 懸命に彼を忘れないように、思い出すように。



 彼の最期にこう残した。

 君を最後の最後に泣かせてごめん、と。



 砂時計の砂がすべて落ちてしまった彼に、ありがとう、と小さく呟き、力なく立ち上がり、町にある二人で暮らしていた家から出る。


 そして、元の場所――自分の家に戻る。


 その道で、首元の黒いチョーカーに手を伸ばし、祈るように、心中で叫ぶ。


 私を創ってくれた博士よ。

 私はこれからどうすれば良いでしょうか?



 昔、人を再現する研究者がいた。

 彼は、見事に、それを、達成してしまったのだ。人間と遜色ない人形を。

 そこで誕生したのが『メル』だ。

 数百年、数千年先に作られるはずだった早すぎた研究だ。


 しかし、というべきか。

 彼は理解していなかったのだ。

 『心』というモノを。


 いや、ほぼ完全に彼は再現してしまった。


 ある日、その研究者は死んだ。


 では、メルは?


 取り残されてしまった、完全に『心』を再現してしまった、メルの気持ちは?


 ああ、無責任だ。


 それから、数百年。

 忘却機能で定かではない長い時間が過ぎた。



 彼女が博士と呼ぶ、その研究者の遺品であるチョーカーを手に、そして、左手の薬指にある指輪を見たメル。


 私には二人がいる。


 あれほど満たられた時間があったのだ。


 何もない空間に手を差し伸べてくれたアルフを思い出し、メルは笑顔を浮かべる。


 必死に悲しみと恐怖と絶望を押さえ込みながら。



 メルには自傷する機能がない。

 つまり、死という祝福が訪れない。


 どこまでも救われない少女は、誰も恨むことなく、今日も、ゆっくりと、生き続ける。


 

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そして、私の見るものは……。 白羽翔斗 @148

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