第26話「ポンコツ腹黒令嬢は黒狼伯爵と結婚した」
その日は、歴史に残る日になった。
朝から始まった反乱は、大きな人的犠牲を出さずに昼過ぎには終了。
夕方には、その立役者が結婚。
教会や貴族、勿論王族も先頭にたって早急な復興を約束した事もあり。
愛と平和の記念日、薔薇の乙女日として毎年祝われるようになった。
めでたし、めでたし――。
「――どこが『めでたしめでたし』なのよっ!!」
「やぁ、結婚式は盛大で、万人から祝われて。これ以上ないハッピーエンドだったなエリーダ」
「ストリーっ!? アンタも一枚噛んでるんでしょうっ!! 吐きなさいっ! 全部話してください!!」
「キミねぇ、一度に二人で喋られると、判別が面倒なんだけど?」
「「とっとと話しなさいっ!!」」
そして、その日の夜。
外では深夜だというのに花火があがり、人々は酒瓶片手に肩を組んで酔いどれて。
王都中が祝福ムードの中、納得がいかない人物がここに一人。
何を隠そう、件の薔薇の乙女、幸せの絶頂にいる筈の花嫁、エリーダ/エイダその人である。
後、半時もしたら初夜。
――悲しいかな、彼女は当の夫によって処女は卒業しているが。
モノリスも取り上げられて、使用人も護衛も逃がしてくれる気配などなく、清楚でいて扇状的なネグリジェに。
体を冷やさないように暖かい部屋の中、やってきたるは親友のストリーであった。
「はは、胸ぐらを掴むなんてキミらしくない。ま、此方としてもネタ明かしをしにきたんだから、大人しく聞いていておくれよ」
「――チッ、この女いけしゃあしゃあとっ」
「ストリー? 事と次第によっては、私としても貴女に対する拳を考えなければならないわよ?」
熱烈に歓迎する親友達に、ストリーは苦笑いしながらソファーに座る。
「ほら、キミも座るといい」
「座るといい、ってここ私の部屋なのですけど?」
「まぁまぁ、そうだね。どこから話したものか……」
「最初から話しなさいってぇの」
エイダのリクエストに答え、ストリーはふむ、と頷いた。
「……キミは薄々気づいていたようだが。僕は子爵令嬢じゃない」
「王族でしょ、何を今更」
「おいおい、つれないなぁ。もう少し驚いてくれてもいいんだぜ? まぁ、末席も末席。以前キミに引き合わせたご老人が居ただろう? アレ、僕の祖父でね」
「確か、前王の王弟殿下でしたね」
「ま、そういう訳で僕の立場としては、王と教会を陰から繋ぐフィクサーの見習いみたいなモノなんだけど」
「で、その未来のフィクサー様が、何故私と親友に?」
エリーダの厳しい視線に、彼女は慌てた様に発言した。
「ああっ! キミ、僕との友情を疑ってるのかい? そりゃあさ、最初は刻印持ち候補として目星はつけてたけど、完璧な淑女なんて気持ち悪い本性暴いてやるって思って近づいたけどさ」
「……結構言いますよね、ストリー」
「でもさ、キミと一緒に過ごして。まず僕はキミのファンになったんだ」
そう熱く語るストリーの瞳はキラキラしていて、エリーダは彼女の友情を疑った自分を少し恥じた。
エイダは、どうでもいいと聞き流していた。
「キミったら、本当に。身も心も聖母のようで、……でも、ずっと見てるうちに、そうじゃないって気づいたんだ」
「というと? エリーダにどんな粗があった訳?」
「何回かさ、家に遊びに行った事があるんだけど。エリーダの机の上にさぁ――」
「――ちょっと待ってっ!! そんな前から知ってたのっ!?」
目を丸くするエリーダに、親友はコクリと頷く。
「うん、最初は前世の記憶かなって、探りを入れたんだけど。キミったら、ちっとも気づかないし。意外と即物的な考えしてるし。――でも、思ったんだ。あの盆暗エディには、エリーダはもったいないって。もっと良縁があるんじゃないかって」
「もしかして。……それが、あのお悩み相談? 貴女それ、私の為にやってたのっ!?」
「六割ぐらいだね、四割はキミも察してる通り僕のコネクション作りさ」
「へぇ、いい親友持ったじゃないエリーダ」
「……本気でそう言ってるあたり、好きですわよエイダ」
二人のやりとりに、ストリーという少女は何故だか少し泣きそうになった。
それは、親友が幸せになった事だろうか。
それは、もう一人のエリーダに認められたからだろうか。
ともあれ、潤む瞳を誤魔化すようにストリーは話題を変える。
「キミにそういって貰えるとは光栄の限りだよエイダ、それでだけど。今回の事の始まりは説明する必要があるかい?」
「いえ、それはいいわ。小説については、叔父様が関わっている以上、遅かれ早かれでしょうし。そもそもエイダが悪い」
「えっ、アタシのせいっ!?」
「ああ、うん。割と自業自得って感じだよね、エイダに関しては。……僕も少しは自重するかなぁ」
「ぐぬぬぬ、けっ、へぇへぇ、アタシが元凶でございますわよっ! んでよ、なんでこんな早く結婚なんてする事になったのよ?」
自らの旗色が不利と悟ったエイダは、本題に入る。
エリーダとしても、これが一番聞きたかったのだ。
「結婚式に関しては、今日大々的にする予定だったんだ。マティアスのごり押しもあったけど、僕もキミには彼が一番だと思ったからね。……まぁ、あの男が行動を起こすとは想定外だったけど。つくづくキミ達ってば何か持ってるよね」
「持ってるのはエイダですっ」「エリーダが持ってるのよっ」
「はいはい、仲がよろしい事で。悪いと思ったんだよ、キミ達だけ内緒だったからさ。――でも、知ってたら逃げたろう?」
「それは……」
「あー、絶対逃げたわね。というか今も逃げたいわ」
結婚式に参列した叔父や屋敷の皆の嬉し涙をみる限り、エリーダとしては悪くない展開ではあったが。
エイダとしても、相手は一応一番信頼できる男だ、こちらとしても悪くはないのだが。
「「――腑に落ちない」」
「ま、結婚後も学院に通える様に手筈は整えてある。また学院であおう」
そろそろマティアスに悪いから、と席を立つストリーは。
去り際にこうも言った。
「僕はキミの幸せを願ってる、だからまぁ、したいようにしなよ。そしたら再会は直ぐだ」
「……何ですそれ?」
「ほほう、――分かってるじゃないアンタ」
エリーダは首を傾げ、エイダはニンマリ笑い。
そしてストリーは手をひらひらとさせると、去っていった。
□
取り残されたるは、エリーダ達一人で二人。
いつもの様に、日記という名のラブロマンスをしたためている中、隣の執務室へ続く扉より、黒髪の筋肉質の大男が表れる。
「なんだ、今日も書いているのか。後で見せてくれよ」
「――っ!? マティアスっ!! のぞき込まないでください」
「ははっ、恥ずかしがり屋だなエリーダは。さ、もういいだろう? ベッドに行こうぜ」
「~~~~っ!! ちょっとっ! 離しなさいったら黒ちびぃ! 自分で歩けるっ!!」
マティアスはお姫様だっこで、エリーダをベッドまで運ぶと。
やや乱暴に投げ置き、自分の服を脱ぎ捨てベッドの上で。
「さ、始めようか。今日も俺の愛を受け止めてくれ……」
「ええいっ! 問答無用かアンタっ!? せめて明かりは消しなさいったら!」
「もうちょっと、雰囲気だしません? いえ、出来るなら添い寝ぐらいでいいのですが」
色気のかけらも見せない二人に、マティアスは渋い顔をして。
とはいえエリーダ達も、そうそうと体を預ける訳にはいかない。
確かに妻になった、結構不本意だが、いつかはと予想していたが、確かに妻となった。
だが――。
「マティアス、私が貴方の妻になったからと言って、これまでの様に易々と抱かれる訳にはいきません!」
「そうよ黒ちびっ! 妻となったからには遠慮はしないわ、覚えたてのガキじゃあるまいし、普通に寝かせろってぇーのっ!!」
「……………………そう、か」
王都最強の騎士は、しょんぼりした顔で引き下がり、すごすごと背を向ける。
あまりにもあっさりと引き下がった姿に、流石の二人も一抹の気まずさとか、釈然としないものを感じた。
(あれ? 押してきませんね?)
(どっかで見たことある…………あ、これアレだわ。拗ねてる……じゃなくて、不安になってるわコイツ)
これはまさか面倒くさい雲行きでは? とエリーダはエイダに続きを要請する。
(不安ですか? 私達程の美少女が念願叶って妻になって、ええ、これまでだって何度も同じように拒否してましたよね? 今更なにを……)
(いや、多分ね。昼間ゲイリーをフったじゃないアタシら)
(ええ、とても効果的で助かりましたが。それが?)
(それこそ今更だけど、黒ちびはアタシらが心の底から嫌ってるんじゃ、みたいな感じで――)
(ああ、なるほど。本当に今更ですね。……でも、分かる気がします)
いつもより小さく見える背中に、二人はそっと溜息をついた。
(……女は度胸!)
(これは投資、投資なのよ!)
あばたもえくぼ、前に結婚相手と見定めた通り、地位と財産と顔と体と性格は悪くない相手なのだ。
夜の生活と、エリーダ/エイダの全てを把握しようとする偏執的な所を除けば。
もっと高望みは出来る、二人ならば男を転がし世界を手に入れる事だって。
だが、彼女たちは本能的に判断していた。
即ち、――マティアスが男として自分に最優で、一番幸せで、後悔しない相手だと。
故に。
(夫の心を守るは妻の役目ですし?)
(釣った魚に餌はあげなきゃダメよねぇ……)
えいやっ、とネグリジェを脱ぎ捨て、ついでに下着も。
生まれたままの姿になって、エリーダはマティアスを背中から抱きしめた。
「ねぇマティアス。言いたい事があるなら、遠慮せずに言ってください」
「マティアス、アタシ達はアンタを否定しないわ。受け止めてあげるからさ、そんな暗い顔してないでよ」
「……エイダ、エリーダ」
マティアスは、首に回された華奢な腕にそっと手を添え。
伝わる体温は暖かく、泣きたくなるほど優しく。
トクントクン、鼓動が吐息とともに重なり。
「なぁ二人とも。……俺と、結婚するのは嫌じゃなかったか?」
「馬鹿ね。本当に嫌なら、今ここに居ないわよ」
「貴男の愛は重たいですけど、きっと、私達にとっては丁度良い重さなんです」
返事は無い、だがその代わりにマティアスは掴む手の力を強くした。
静かな空気、ゆったりとした、甘さが混じりはじめて。
「私達は、本当に嬉しかったのです。あの時、貴男が守ってくれた事が」
「アタシ達はね、美しいわ。誰もが羨み嫉妬するぐらい、――両親だって」
「共に、両親の居ない日々でした。容姿が災いした事も幾度も」
「欲してたの、どんな男からも、どんな危機からも守ってくれる人が」
「それが、マティアス」
「それが、アンタよ」
二人は囁く、情熱的に。
二人は囁く、マティアスを選んだのだと。
「アンタの目が好きよ、アタシにだけギラギラしてさ、慈しむような暖かなまなざしが」
「貴男の髪が好きです、ゴワゴワしてツンツンして、でも、どこか元気な子供みたいな」
「お前ら……」
マティアスは察した。
これは愛の告白だと、愛している、その一言こそ無いが。
紛れもなく、彼女達なりの愛の発露なのだと。
三十半ばの大男は、目尻に涙を浮かべながら感極まって言葉に詰まる。
「そうねぇ。アンタの堅い唇が好きだわ、結構安心感あるのよ」
「声、好きですよ。低くて大きくて、私を包み込むような声が」
「体、あの頃より立派に成長したじゃない。逞しい胸板は好きよ」
「太い腕も好きです、エイダと私を守ってくれる長い腕……」
マティアスの耳に、蠱惑的に囁かれる声。
それは母の様であり、恋人のそれであり、正しく妻のそれであった。
「手、かったくて大きくて。ええ、官能的で好きよ」
「知ってましたか、貴男の足に私の足を絡ませる時、とても逞しくて、私……」
でも、と二人は同時に。
「アンタの心が好き」
「貴男の心が好きです」
「アタシだけの為に生きてきたその心が」
「私も愛そうとしてくれる、その心が」
エリーダとエイダは、代わる代わるマティアスの髪にキスを降らし。
一段と強く抱きしめて。
「ね、こっち向いて? アタシを暖めなさい」
「私達は貴男だけの妻、この心も、貴男だけの。――さ、何も怖がらないで」
そして、夜が始まって。
一人で二人の少女は、彼の妻となって。
□
次の日の朝、エリーダとエイダは早速後悔した。
(あああああああああ、もうっ!! あんな事言うんじゃなかったっ!!)
(最初は理想の王子様みたいに優しかったんですけdねぇ……、まさかすぐに獣になるとは。ううっ、腰がとっても怠いです)
そんな彼女は、普段着に着替え屋敷の裏口。
結婚次の日にして、早速の家出である。
これからどうすべきか、幸いな事に例の手紙の持ち主から国外に自由に行き来できる許可証が届けられているし。
勿論の事、モノリスも所持している。
ポケットの中にはある程度の貴金属、ならば先ずは換金作業が優先だろうか。
「――ああ、やっぱりかキミ。おはよう、これから出立かい?」
「~~~~っ!? す、ストリーっ! 何でここにっ!?」
「エリーダ、昨日言ってたじゃないコイツ。ね、逃げ出す手伝いをしてくれるんでしょ?」
二人の言葉に、サムズアップで笑顔を寄越したストリーは問いかけた。
「でも、本当に行くのかい? キミの望んだ安定した暮らし、地位、財産、顔と体のいい男。執筆環境だって整ってる、豪遊も、まぁ貴族として常識の範疇なら満足いくぐらい出来るんだぜ?」
「はっ! 何を言うかと思えば。アタシ達はねぇ、――自由が欲しいのよっ!!」
「達って入れないでくれます? 私としましては、マティアスにお灸を据えたいだけなので。…………このままでは、腹上死してしまいます。私が」
相変わらずな二人を前に、ストリーはケラケラと笑って言った。
「ははっ、まぁキミがそう言うなら止めはしないさ。この先の角に馬車を待たせてある、乗っていきな」
「おっ、気が利くわねストリーっ! キスしてあげる」
「では私も、――またね」
「ん、またな親友。くくくっ」
さよならは言わない、きっとまた会えるから。
意味深な笑いが気になったが、エリーダ/エイダは元気に走り出して――――。
「よぉ、寂しいな俺の妻よ。夫におはようの挨拶も無しで散歩かい?」
「なんでアンタが居るのよマティアスっ!!」
「――はうぁっ!? 裏切りましたねストリーっ!?」
勢いよく馬車の扉を開け、飛び込んだ先は厚い胸板、逞しい腕。
そう、中に居たのはマティアス。
ストリーとマティアスは、またも組んでエリーダ達をハメたのだ。
「うんうん、ではこのまま王都観光といくか? それとも――馬車の中でってのもオツだと思わないかい? なに、お前等は俺の腕の中で抱かれて、その後は疲れて眠ればいいさ」
「アンタの腕の中でっ!!」
「抱かれて眠りたくなんてありませんっ!!」
街角に新妻の叫び声が響いて、パタンと扉は閉まり。
そして馬車はゆっくりと動き出して。
一部始終をしっかり見ていたストリーは、爆笑とともに新婚夫婦を見送ったのだった。
『ポンコツ腹黒令嬢は黒狼伯爵の腕の中で眠りたくない』
――終。
ポンコツ腹黒令嬢は黒狼伯爵の腕の中で眠りたくない 和鳳ハジメ @wappo-
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