第25話「ポンコツ腹黒令嬢は恋愛していない」



 一人、また一人と仲間が去っていく光景を、ゲイリーはただ静かに見ていた。


(ああ、お前達はそれでいい。――所詮、そのエイダへの想いは程度だって事だ)


 この場に居る人物の中で、彼だけがエリーダの言葉が響かない。


 ――何をしているのか。


(そんなもの、エイダを取り戻す為に決まっているっ!)


 ――何故、何の目的で、誰のために。


(エイダ、エイダ、エイダっ! すべてキミを取り戻す為だっ!)


 ゲイリーに迷いはない、揺るがない。

 例え誰を、エリーダを犠牲にしようとも、エイダを復活させると誓ったのだ。

 もうすぐ、それが叶うのだ。

 だというのに、何故だろうか。


「――エイダ」


 目の前に、この場所に。


(この女は、エイダの様に黒髪じゃない、華奢じゃない、そうだ! もっとエイダは浮き世離れしてて、まるで妖精か天使の様で――――)


 背の高さも、髪色も、瞳の色も、声も、腕の細さも、手の形も、何もかもが違うというのに。


(なんで、なんでこんなにも心がざわめくんだっ!?)


 エリーダとゲイリー、向かい合ったまま無言。

 だが、彼の心の揺らぎに彼女は気が付いて。


(――様子が変ね。少し震えてる?)


(恐らくですが、トラウマを刺激したのでは?)


(ははぁん? そっかぁ、ここはアタシが死んだ所だっけ、あの時って事故みたいなものだったからねぇ、こりゃ楽勝で言い負かせるってもんねっ!)


 相手が動揺している内に、とエリーダは彼へ言葉という剣を突きつける。



「どうしましたかゲイリー? ――アタシを殺した時の事でも思い出しました?(ここまで来たら、もう手加減は要りませんよエイダっ!)」



 途端、後ろの群衆が騒ぎ始める。

 無理もない、マティアスが口を噤んだ為、エイダの死は長らく謎に包まれていたのだ。

 それが今、――最悪の形で明かされて。


「――それはっ!?」


「ふふっ、死してなおアタシを想ってくれていたのは嬉しいですが、この際です。はっきり言いましょう。――」


 なお、エリーダ達の結論とすれば。

 あの手紙の言うとおりに殺すつもりは無い。

 かといって、物理的だと禍根が残る。

 だから、彼の戦意喪失させるには。




「――――貴男の好意は、とても迷惑です」




 つまりは、そういう事であった。

 愛が原因なら、その愛をぶち壊せばいい。

 もとより、顔の良い金蔓ぐらいにしか考えていなかったのだ、言葉などいくらでも出る。


「え、エイダ?」


「計らずとも、気を持たせてしまった事は謝罪いたしましょう。あの頃の貴男はご両親を亡くし、とても寂しがっていたので、ついアタシも親身になって接してしまっていました。歳は同じでも、――家族の様に想っていたというのに」


 エリーダの言葉に、それが真実だと民衆に染み渡る。

 この首魁の男は、少女の健気な親愛を勘違いし、あまつさえ殺してしまった愚かな男だと。

 言いようのない空気が、漂い始める。


「ねぇ、ゲイリー? 貴男は相手の立場にたって物事を考えた事がおありで? 無いでしょう? もしあったのなら、昔の、エイダだった頃の私を模した人形で、街を破壊しませんものね?」


「――う、ぐっ」


「この体で再会したとき、貴男なんて言いました? 脳を取り出して、死体の継ぎ接ぎで作った私に似た体に移植する? なんて悍ましいんでしょう!? 何をどうしたら、そんな考えに至るのです? 人として恥を知りなさいっ!!」


 エイダとエリーダは止まらない、これまでのうっぷんを晴らすようにまくし立てる。


「そもそも! 今も昔も! アタシにはマティアスという恋人がいるのですっ! ああ、まさかそれも知らなかったとでも? もしそうならば、――愛していると言いながら、アタシの何を見ていたのです?」


 予想すらしていなかった言葉に、ゲイリーはおろか民衆さえ口をパクパクさせ。

 一方でストリーは腹を抱えて笑い、マティアスといえば唖然とするのを必死に堪えていた。


 あまりにもあまりな公開処刑に、ゲイリーへ同情の念が。

 知恵の回る無駄に深読みする人種は、エリーダが彼のヘイトを和らげようとしているのだと、少しでも音便に事が解決するように尽力している尊き聖女だと、皆に説明していたが。

 それは兎も角。

 頃合いだと見たエリーダ/エイダは、彼にトドメを刺す。 




「ごめんなさいゲイリー。私にはマティアスが要るし、何より――――貴男を男としてみれないの」




 

 その言葉に、ゲイリーは硬直した。

 フラフラと視線をさまよわせ、怯えたように一歩後ろに下がり。

 うぐぐと呻き声を上げ、頭をかきむしり――。


「――嘘だっ!? 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だぁっ!? エイダは言わないっ!! 私のエイダはそんな事を言わないぃっ!!」


「ええ、今の私はエリーダですもの(はぁ、哀れねぇ、恋破れた男ってのは……ケケケっ)」


「そうだッ! 貴様はエリーダ! エイダの偽物だっ! お前を殺せばエイダは戻ってくるんだっ!」


 その瞬間、ゲイリーは懐から拳銃を取り出しエリーダに突きつける。


「――――ゲイリー貴様あああああああっ!!」


 黒狼に乗り即座に飛び出したマティアスに、ゲイリーは怒鳴る。


「来るなマティアスっ!! 動けばコイツを殺おおおおおおおおおおおおすッ!!」


(はぁっ!? この男逆ギレしやがったっ!?)


(どどどどどど、どうするのですかっ!? 計画にないですよこんなのっ!?)


 絶体絶命のピンチに、二人の思考は加速する。


(ええい、同じ事を二度も繰り返してぇっ!! アンタ等本当にアタシが好きなのかよっ!?)


(ああ、マティアスが駆けつけるのも同じと、……で、本当にどうするんです? 嫌ですよここで死ぬのっ!!)


(アタシだって嫌よ、銃で撃たれるのってすっごく痛いんだからねっ!! あーー! もうっ! 足掻けるだけ足掻くわよっ!! 言いたいことは分かるわねっ!!)


(このバカ男を取り押さえるのはマティアスに、私達は彼が来れる隙と時間を稼ぐ、ええ、やりましょうっ!!)


 コンマ一秒もかからず会話を終えた二人は、欠片たりとも動揺をみせず言葉の剣を振るう。


「ふふっ、だから貴男は愚かなのですわゲイリー」


「何だと偽物がっ!!」


「――また、繰り返すおつもりです? 貴男の欲望で、罪なき少女を。一方的であっても、愛する者を。また…………撃ち殺すのですか?」


 さも残念そうにため息を吐き出すエリーダに、少しの怯えもみせないエリーダに。

 ゲイリーは激しい苛立ちを覚えながらも、銃口を向け。

 そんな中、エイダは大仰な身振り手振りを装って、モノリスに命令を送る。


(まさか、屋敷からの逃走用コマンドが役に立つとは。範囲、マティアス、透明化っと、……いけた?)


(『思考入力ジェスチャー及び、思考での命令受諾。対象に対し、敵性人物ゲイリーへの光学迷彩を施します』)


(おっし! いい子よモノリスっ! エリーダ! 準備は出来たわっ!)


 撃てる撃てないの押し問答をしていたエリーダは、ゲイリーに向かって、不敵な笑みを浮かべる。


「――――ええ、ではそこまで言うなら試してみましょう」


「試す? はっ、偽物であるお前が死ぬだけだ!」


「本当に? そうでしょうか。私は逃げも隠れもしません。――マティアスが今度こそ助けてくれると、信じていますから」


「言ったな阿婆擦れがぁっ!! 死してワタシのエイダを汚した事、後悔するがいいっ!!」


「きゃっ――――」


 怒りに飲まれたゲイリーは、エリーダを蹴倒して地に転がすと、その引き金を引いて。

 その瞬間、誰もが、ストリーでさえも親友の死を確信した。

 しかし。


 バァン、カァン。


 銃声の直後に響いたのは、一つの金属音。

 まるで、まるで弾丸を弾いたような。

 そんな――。


「――信じていたわ、マティアス」


「…………はぁ、まったくお前はいつも……、いや、愛しいお前を今度守れて、俺は嬉しいよ」


 一泊おいて、歓声が沸き上がった。

 民衆からは何がどうなったかが、正しく把握できなかったが。

 分かることは一つ。

 間に合ったのだ、マティアスが。

 その大きな鋼鉄の狼で銃弾を受け止め、ゲイリーを踏みつけにし気絶させた。


 巨狼から降りた大柄の伯爵は、愛しい少女を腕に抱き。

 そして少女は宣言した。


「皆さん、戦いは終わりました。――――我々の勝利ですっ!」


 更に、伯爵は宣言した。


「聞けっ!! 皆の者よっ!! 以前から通達していた通り! 今日この日にっ! これより街に戻った後! 俺、マティアス・ヴィランドン伯爵とこのエリーダ・スチュワートとの結婚式を開くっ! 祝う者は皆来るがいいっ!!」


 さらに大きな歓声があがり。

 エリーダとエイダは首を傾げた。


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