第24話「ポンコツ腹黒令嬢は一世一代の演技に望む」



 人に好かれるには、どうしたらいいのだろうか?

 人を騙すには、どうしたらいいだろうか?

 民衆から聖女と思われたなら、どうすればいいだろうか?


 ――――答えは簡単だ。


(なってみせればいいのよっ! 心の底からっ!)


(私が望む、理想の聖女に。演じるのではなく、思いこむ。……魂の、芯からっ!)


 視線はまっすぐ、背筋はしゃんと。

 足取りは優雅に、まるで舞踏会で愛しい殿方の下に向かうように。


 エリーダが近づくと、人形達が警戒をみせる。

 背後から民達のどよめきが。

 でも心配はいらない。


「――控えなさい、魂持たぬ者よ」


 鈴の鳴る様な可憐な声が響き、そしてそれは威厳と共に染み渡り。

 ガシャっという音と共に、人形達が道を開け。

 彼女を敬う様に、跪く。


 丘の頂点に向かい、一歩一歩遠ざかる少女の背中に民の一人が声をあげた。


「何故だ薔薇の乙女よ! なんでソイツらを許すなんて――」


 エリーダは一度立ち止まると、後ろを振り返って微笑む。

 いつもの様に、目を伏せているのではなく。

 はっきりと、目を開いて、宝石のような碧眼を煌めかせて。


「……この騒ぎで、傷を負った者。家財を失ったもの、様々な被害に会われた方が大勢いると存じ上げております(ま、ご愁傷様ね。金なら貸して上げる、――黒ちびが。ケケケっ、せいぜい利子を献上しなさいなっ)」


「わかっているなら、何故!?」


「それでも、それでも。赦しなさいと、私は申し上げましょう(生かさず殺さず、ダメよねぇ、これだから素人は……)」


 何故ならと、エリーダは両手を広げた。


「憎しみはなにも産まない、復讐など愚かなこと。――そんな事は言いません。ですが、今此処で彼らを殺した所で、ただ闇雲に捕らえた所で、……いったい、何になるのです?(つーか。それやった所で何の利益にもならないでしょうがっ!? バカなの? 捕らえる前に、こっちの利益を引き出すことが肝心でしょうがっ!)」


 誰かが己の感情を爆発させる前に、と偽りの聖女は続ける。

 気持ちよく説教しているのだ、邪魔なんていらない。


「暴力で解決できるのは、救えるのは己の感情のみ。今、痛みを知っている貴方達には理解できるでしょう? 彼らは、暴力で何かを解決しましたか? ええ、そうです。私達にやり返されて。今手を止めなければずっと、ずっとその繰り返し。――とても、悲しいことだと思いませんか? 私達は理性ある正しき人間として、ここで対話せねばいけないのです(愚かな事ってレッテル貼れば、ひとまずは躊躇いを覚える、それが群れていて、率いる長から言われれば尚更。はっ、チョロイいもんねぇ……)」


 上から目線の説教で、エリーダとエイダは良い気分。

 なお、ここまでアドリブで、ここからもアドリブ。

 徹頭徹尾、思いつきだけのノープランである。


(この辺りで切り上げて、次に進みましょうか)


(いやぁ、こっちの思い通りに踊ってくれて嬉しいわ。じゃ、最後に飴でもあげましょ)


 エリーダは両手を胸に当て、優しげな声で語りかけた。


「……貴方達が隣人を想う気持ち。そして私を心配する気持ち、しかと受け止めました。待ち、しかして望んでいてください。――平和が、訪れることを(そうそう、何で好き好んで切った張ったするんだか……)」


 優美なカーテシーを一つ、気分は主演舞台に望む女優。

 エリーダはくるりと踵を返すと、再びゲイリー達の下へ。

 その歩みを、やはり誰にも止められなかった。

 一歩一歩、また一歩と彼女は進み。


(ケケケっ、迷ってる迷ってるぅ! アイツ等がバカで助かったわ、女一人止めるなんて男一人居たら十分なのにねぇ)


(まぁ、そう仕向けたのは私達ですが。……本当に、見事に術中にはまっていますね)


 そう。

 エリーダとエイダの策とは、――ただの八つ当たりだ。

 かつての想い人で、現・絶世の美少女が貴方を赦します、などとのたまい歩いてきたら、さて、どうするだろうか?

 当然悩む、彼らは彼らの理念に沿って行動いしていても、当然常識や良心というものが存在する。

 そこに再び沸き上がる恋心が加われば、倍率ドン!


 ――私達がこんなに悩んでいるんだから、お前達も悩め。


 ゲイリー達は、哀れ。見事に思考停止に陥っている。

 そしてそれを、見逃す二人ではない。

 将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、丘の上にあがったエリーダ達は、ゲイリー以外の人物の名を呼ぶ。


「猫のように俊敏だったアレク、馬の様に足が早かったクレイグ、鳥の様に自由だったミハエル――」


 一人一人目を合わせて、あの頃のような恋する乙女の眼差しで。


(というかさ、何で昔の面子が揃ってるの?)


(内面は兎も角、貴女ほどの美少女が。当人達にとっては恋人同然の存在が悲劇の死を迎えたのですよ? ……必然、だったのでしょうねぇ)


 今回行動を起こした面々は、エイダへの想いを拗らせた男達の様だった。

 そこに、エリーダとしての関係者や、見知らぬ人物が居ないことへ感謝しながら、それはそれとして釈然としない気持ち。


(やっぱり――疫病神ですねエイダ)


(そうそう、死んだ人間に拘る男ってロクな奴がいないわねっ)


(貴女が疫病神だと言ってるのですっ!)


(その疫病神と一心同体って事をお忘れ無く、――アンタも今死んだら第二のコイツ等を生み出すんだから気をつけなさいよ。盆暗とか、あの下級生カップルとか、ああ、黒ちびも拗らせそうよねぇ、ケケケっ)


(はっ、死んだらそんなの関係ありません。天国から高見の見物といたしますわ)


(…………アタシも、そうなると思ってたんだけどなぁ)


 内側のくだらない会話はさておき、全員との再会を懐かしんだ、――演技をしたエリーダ/エイダは本題に入る。


「問いましょう。――貴方達は何をしているのですか?」


 その目、嘘偽りを許さないという厳しさと共に。

 その言葉、しかして包み込むような優しさで。

 まっすぐ過ぎる言葉が彼らを揺さぶる。


「重ねて問いましょう。――誰の為に? 何の目的で民の生活を破壊したのですか?」


 それは、と口に出すことも男達には出来なかった。

 エリーダが推測したとおり、ゲイリーも含めて彼らの行動の原因はエイダ。

 刻印持ちを巡る派閥争いで死んだ少女を、二度と出さないために。

 見知らぬ誰かの幸せと願って、それが正義と信じて行動を起こした者達。

 死んだ人間が生き返って敵側に、何故、何のためにと問われて、すぐさま言い返せる者が世界にどれだけ居るのか。


(うーん、エゲツない。事の元凶がよく言いますよね)


(はっ、理由がどうあれ殴って怪我させたら、そいつは悪人よ! その点、アタシは心地よい良い夢を見させてあげて、対価に少し良い生活を送ってるだけだし。――こんな善良な美少女、アタシとアンタぐらいなもんよっ)


(え、一緒にしないでくれます?)


 二人の心の会話など知る由も無く、彼らは苦悩し、頭を垂れ。

 やがて、エリーダを取り囲むように膝を突いて。

 その光景に、民衆は歓声を上げた。

 なんという事だろうか、絵だけ見ると聖女が悪人を改心させたかのようだ。


「エイダ。いや、エリーダ様……。私が、間違っておりました」


「もっと早くに気づくべきだったのだ、貴方の為と、そう言って俺達は、貴方を失った悲しみを誰かの所為にしたかっただけだった……」


「こんな我らを、許していただけるのですか……?」


「ふふっ、分かってくれたらいいのです。私の親愛なる良き人たち。貴男達の志は間違っていなかった、むしろ崇高で尊いもの。……ですが、やり方を間違っていたのです(世の中、アタシ以外は間違いだらけで困るってもんよっ)」


 エイダの人生じたいが間違いだらけで、エリーダも道を踏み外してしまっているのだが、それはともあれ。

 二人は彼らを立たせると、民衆の方を指し示す。


「貴男達がこれからすべき事は、もう理解していますね?(まっ、アタシは知らないけど)」


「はいっ! これより彼らに謝罪し、罪を償うつもりでありますっ!」


「許される事はないかもしれません、けど、我らは彼らに裁かれるべきだ」


「エリーダ様、貴男の赦しに、星の数程に感謝を――」


 男達はエリーダが辿った道を歩いていく、――ただ一人を除いて。

 そしてエリーダは、その一人と。

 ゲイリーと、向き合ったのだった。


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