第23話「ポンコツ腹黒令嬢は元凶にたどり着く」



 そこからはもう、ワンパターンと言うべき展開だった。

 進路上のエイダ人形を無力化し、仲間が増え。


「王都守備隊第五分隊! これよりエリーダ様の指揮下に入ります!」


「よしなに(え、いいの? というかこっちに責任押しつけてるんじゃないわよ公僕ぅ!?)」


「エリーダ様っ! 教会第二騎士団が会敵、人形の誘導に成功! 五分後に此方と接触しますっ!」


「では手筈通りに、――ストリー! 義勇軍の皆様はっ!?(というか、コイツ等もさぁ、何かってに義勇軍とか名乗ってる訳? 色々早すぎじゃないのっ!?)」


「脱落者無し、退路も確保してる。存分にやれエリーダッ!」


「よろしい。では進みましょう!」


 今のエリーダ達は、一般市民どころか、貴族の私兵や教会、王都の守備隊などが加わり。

 中には音楽隊もいたのか、ワルキューレの騎行が流れている。


(おかしいですっ!? なんでこんな大事になってるんですかぁっ!? そりゃあ、多少は人が増えるとは思ってましたけども! 何故軍や教会まで、私の指揮下にあるんですかっ!?)


(アタシが聞きた――、あ、まって。ストリーから手紙渡されてたよね。読んでみましょ)


(そういえば……、どれどれ? ……――うーん? うーむ、むむむぅ?)


(…………やられた)


 手紙にはこうあった。



【――拝啓、未来の伯爵夫人様。


 ミッションを連絡します。

 否定派の幹部であるゲイリーの殺害。

 敵は武力で王都を制圧、王と教会を乗っ取り傀儡化。

 しかる後、我々刻印持ちの排除を企んでいます。


 人類の行く末を正しく導く我々としては、教会の中から彼のような存在が出たことは誠に遺憾な所で。

 早急な対処が必要です。


 こちらからの援護として、王都の軍と教会の騎士に要請を頼みました。

 報酬は、モノリス所持違反の撤回、及び国外へのフリーパスを用意しています。


 これは、第二モノリス端末を持つ貴女への試金石を兼ねていますが、悪い話ではない筈です。

 確実な遂行を期待しています。

 では、世界に良き巡りを。


 刻印管理統括官・ベスティナ】



 謎は解けた、あっさり判明した。

 だが、――解らないことが一つ。


(…………ベスティナさんって)


(誰?)


 かの手紙の差出人は、エリーダがゲイリーに浚われたとき、色んな事を説明していた金髪の眼鏡女だったのだが。

 あ、これ厄ネタだ、と総スルーしていた二人の記憶にある筈がない。

 故に。


(どうします、これ)


(んなもん、決まってるでしょうが)


 先ず、上から目線の文言が気にくわなかった。

 次に、上から目線の文言が気にくわなかった。

 更に、上から目線の文言が気にくわなかった。


(目標変更ですねっ!)


(おうとも相棒! ――ゲイリーを、助けにいくわっ!)


 とまぁ、そんな事になった。

 世界がどうとか、刻印持ちの使命とか、エリーダには何一つどうでもいい事だ。

 やりたい時に、やりたい事を。

 けど、己への被害はノーサンキュー。

 与えられた自由なんて、いらない。



「哀れなる人形よ! 永久の眠りにつきなさいっ!」



 次々とエイダ型ダッチワイフを無力化し、快進撃を続け。

 そして、一時間後。

 王都の市民が結成した即席義勇軍と、王都守備隊及び教会の騎士団。

 その全てが、エイダが没した地。

 郊外の小高い丘に集結していた。


「いやぁ、やれるもんだねエリーダ。見てご覧よ、いつの間にか傭兵連中やマティアス達まで合流してる。…………楽勝、って言えれば良かったんだけどねぇ」


「世の中、そんなに上手くはいきませんわストリー」


 モノリスで配置を確認していたエリーダは、厳しい目で前を見た。

 丘の上に居るゲイリー、付近には数十名の人間と。

 ――――千を越える戦闘改造ダッチワイフ。


 対し、こちらの大半が寡兵。

 それも肉壁にもならないタイプの。

 蒸気式甲冑に身を包んだ傭兵や騎士、そして黒狼を従えるマティアスは戦力に数えられるだろう。

 エリーダも、周囲百メートルは問題ない。


(このままぶつかれば、死者が出るのは避けられませんね)


(というか、戦闘事態が明らかに愚作よね。勝っても負けても、誰かの恨みは避けられないわ)


 となれば、どうするか。

 ゲイリーを押さえるだけなら、殺すだけなら幾らでも出来そうなものだが。

 ここに至って、善意で集まった民衆や、例の手紙の主が手配した守備兵や騎士達が邪魔だ。


(だいたいね、平和の為に戦って死にました? 死んだら平和も糞もないわけよ! だぁれが戦いますかってぇのっ!!)


(戦わず、かつ私達に危険が及ばない方法……何かないですかね?)


 ゲイリーを殺さず、出来ればエリーダ達の評判も上げて。

 そんな都合のいい方法があるのだろうか。


「で、どうする大将? 何時でも始められるって連絡来てるぜ?」


「大将は止してくださいストリー。せめて可愛い薔薇の乙女って呼んで?」


「ははっ、それを君が言うのかい? 肝が据わってるなぁ」


 茶化す親友に、エリーダはため息を。

 どうやら、考え込む時間は無いようである。


(ああああああああああ、もうっ!! どうしてこうなってるんですかっ! 何故私達が悩まなければならないんですっ!?)


(そーだそーだ!! 不公平だっ! あっちは楽よねぇ、こっちが突撃したら対処するだけなんだから。ちょっとは悩めっての!!)


(そうですっ! あっちも悩んで――――…………悩む?)


 その時であった。

 エリーダの脳裏に一つの策が浮かぶ。

 それは当然のようにエイダにも伝わり。


(…………成る程、それは妙案ねっ! かーっ、アンタも意地が悪い。ウケケケケッ!)


(ええ、私と貴女の読みが正しいならば。きっと上手く行くはずですっ! 見えましたよ、私達の完全勝利への道がっ!)


 エリーダは殊更に微笑むと、無言でモノリスを操作。


(ええと、私の声を全員に届ける事ができますか? っと)


(ついでに、進路上の人形を移動させましょうよ。こうばっと王様が通るみたいに)


 入力されたリクエストに、空気の読めるモノリスは文字にて返答。


『全て可能です。…………準備、完了しました。指定の位置に移動後、実行を開始します』


 エリーダはそれを満足気に頷くと、モノリスをポケットにしまった。


「――決まったわストリー」


「では、行くのかい?」


「ええ、……私、だけでね」


「そうか、行くの――――は? え、ちょっと言っている意味が解らないんだけどっ!? 本気で言ってるのかいキミっ!?」


 唖然とし、眼鏡がずり落ちそうになる彼女にエリーダは告げた。



「私を信じなさいストリー! この薔薇の乙女の生まれ変わりであるエリーダ・スチュワートをっ!」



 不安しかない、と叫びそうになるのをストリーは必死に自制し、親友の手をガシっと掴む。


「……説明を、要求しても?」


「ええ、簡単な話よ。私は誰かが傷つくのも、死ぬのも望まない。――それが、薔薇の乙女に望む幻想」


「まさか……自己犠牲にでも目覚めたのかい!?」


「それこそまさかよ。私達はただ、話に行くだけ」


 いつもと変わらぬ聖母の様な微笑み。

 ストリーはエリーダが気が狂ったのかと心配したが、薄く開かれた瞳からは狂気も絶望も見えない。

 

「……なら、お手並み拝見といこうか。でもだ、キミに危険が及ぶようなら躊躇無くボクは攻撃を開始するよ」


「ふふっ、念のためにマティアス様にだけ、直ぐ突撃出来るように行っておいて(ま、黒ちびはねぇ……、死なば諸共でしょあの男。ケケケッ、アイツがいるなら万が一でも逃げられるでしょ)」


 失敗したら、そのままマティアスと共に国外逃亡し、その先で彼に働かせて左団扇という完璧な保険である。

 エリーダは、緊張気味のストリーの頬に親愛のキスをすると、命令が行き渡った事を確認して歩き出す。

 美しい少女が一人敵陣に向かう光景に、敵味方から動揺や心配の声があがり。

 そして、――幕が開いた。


「聞こえていますね、ゲイリー。私は戦いに来たのではありません」



 響きわたるエリーダの声。


「声がっ、私の声もっ!? どうなって――いや、エリーダ、貴女の仕業かっ!!」


 飲み込みが早くて助かると、エリーダはニンマリと心でほくそ笑んだ後、次なる一手を打った。



「もう、この様な悲しい事はやめるのですゲイリー。…………私は、貴男達を赦しにきました」



 薔薇の乙女の言葉に、誰もが驚きに息を飲んだ。


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