第22話「ポンコツ腹黒伯爵令嬢は自由がお好き」
あれから十日経った日の朝の事であった。
もとい、もう昼に近い時間ではあるがともあれ。
エリーダは屋敷の裏口に、脱出が成功したのである。
(ふふ、モノリスちゃんの使いかたが分かってきましたし。これで晴れて自由のみです、ぴょん!)
(これでアタシ等を遮る者はいない、わん!)
(……エイダ、貴女語尾がぴょん)
(アンタこそ、直ってないわん)
「…………はぁ~~~~」
二人は盛大なため息。
然もあらん、この十日間はある意味地獄だった。
ほぼぶっ続けで七日間。
そしてベッドから起きあがれるまで三日。
唯一の収穫といえば、マティアスの性癖、そしてモノリスの使い方の拾得。
(で、これからどうしますか? 腰を振るしか脳がない雌犬さん?)
(お尻を振るしかできない雌猫がそれを言う? ……とりあえず、どっかのカフェでお茶でもしましょ)
お互いの醜態。
そして乱痴気の中、迂闊にも仕込まれてしまった性技と癖。
一度食われたのなら、二度も同じ。
今の二人ならば、体を売ることも選択肢に入る。
(持ち出した宝石を換金できそうな所、或いは、交換で国外に連れてってくれる人を探さなければいけませんね)
(ストリーは頼れないわ。人材の新規開拓…………ああ、いっその事、あの盆暗の所でもいってみる?)
(ああ、汚れてしまったので、せめて思い出だけでも。とかいえば、手を出さずに国外へ連れてってくれそうですね彼)
(そして去り際に、これを私だと思って……、とか宝石握らせれば完璧よ!)
なお、そんな感じで手にした宝物を男にバラまいた結果が今だという事を。
エイダは自覚すべきであるし、エリーダも気づくべきである。
そんな訳で、いまだダルさを感じる腰を、カフェテラスで紅茶を飲みながら暢気に計画を立てている二人だったのだが。
(はぁ、口移しじゃないって素晴らしいですねぇ……)
(食事くらい普通に食わせろってのよ! ……というか、なんか騒がしくない?)
(本当ですね、何があったのでしょうか)
淑女たるもの、常に余裕をもって行動すべし。
先ずは情報収集と周囲を見渡せば、初めは数人ほどだった全力疾走の者が。
遠くの怒号や爆発音と共に増加、ここは危ない! 逃げるってドコにだよ! なんて店員達もパニックの体。
(……どうやら、逃げた方が良いみたいですね)
(とはいえよ。何が原因で何が起こっているのか。何処に逃げればいいのか。イヤよ、てきとーに逃げて行った先が騒動の元なんて)
(であるならば。――これ、使いますか)
エリーだはブラウスのボタンを上から一つ、二つと外し。
その光景に気づいた数人の男からの視線は無視して、胸の谷間からモノリスを取り出す。
(胸が大きいって得よねぇ、ポケット以外に収納場所あるんだもの)
(……なんか感想がオヤジ臭くありませんエイダ?)
(うっさいわよ。とっとと検索しなさいな雌猫ちゃん!)
(それを言ったら戦争ですよ雌犬っ!?)
いつもの様に、中はぎゃあぎゃあ、外は澄まし顔でモノリスを操作。
直後、ぽーんという軽快な音と共に回答が出る。
『郊外を中心に、人型蒸気機関が多数暴れているようです。破壊工作十件、家屋炎上三〇件、死傷者が多数出ていることを確認』
「モノリスさん、安全な逃走ルートをお願い」
『検索…………中断。警告、十秒後に人型蒸気機関が多数押し寄せます』
「――っ!?」
瞬間、エリーダは立ち上がり扉へ。
だがエイダがそれを止める。
(裏口! こういう場合大通りは危険って大熊が言ってた!)
(大熊? ああ、あの傭兵ですか。でも裏口って――)
右往左往する間に、騒音や悲鳴が大きくなり窓ガラスが割れる。
「ひあぁっ!? こっちにも変な人形がきたぞおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「助けておかーちゃああああああん!!」
「逃げろ! 裏口はどっちだ!」「裏口もダメだ! 上へ逃げろ!」「上の階段は外だ、逃げ場がねぇっ!!」
(どどどどどどど、どうしましょうエイダっ!?)
(アタシに聞かないでよっ! わかんない――って押さないで! 外! 外でちゃうからっ!?)
(ダメです外にでちゃいますってぇっ!?)
押し合いへし合い、混乱の中エリーダは店外に押し出され――。
「――――――マジか、マジかあの野郎っ!?」
「………………成る程、成る程ぉ。これは想定してませんでした」
ガガ、ギギ、ゴゴとボディを軋ませながらゾンビの様に歩き、手当たり次第を壊す人形。
その容姿は、とても。とても、見覚えのあるものだった。
(だから言ったじゃないですかっ!? あの時殺しておくべきだってぇっ!?)
(アタシが悪かったわよっ! ええいっ、こんなモノ作るんじゃないわよクソウサギぃっ!?)
そう、人形の髪は艶やかな黒髪。
エリーダに匹敵する美の持ち主、エイダを模した妖精の様な美しい肢体。
もっとも、似せているのは外見の形だけで。
塗装はなく服はなく、金属丸出しの人形。
『推定、ゲイリー氏所有のエイダ裸婦画がモチーフ。性交渉用自動人形を戦闘仕様で量産。技術レベルが追いついていない為――――』
「結論をお願いしますモノリスさんっ!?」
エリーダを発見した途端、人形達は取り囲む様に集結して並び。
街や人々の被害は一端止まったが、これはこれで恐怖を覚える光景だ。
「大変だっ! あのお嬢さんに何かするつもりだぞっ! させるものかよ――――でべろんっぱ!?」
「野郎共ぉ! 助けだすぞ――――あぎゃぱー!?」
「危険ですっ! 無理をしないでくださいっ!(何一撃で沈んでんのよっ!? 使えない男達めっ!! とっとと助けなさいなっ!)」
美しい少女の危機に、周囲の男達が次々に人形に襲いかかるも。
皆一様に拳一発で気絶。
そうこうしている間にも、エリーダへの包囲網が狭まる。
「うおっ!? こんな所に居たのかキミ!? 待ってろ今助け…………ダメだ、頑張れーー!!」
「ああっ、見てくださいケニー様っ! あそこにエリーダ様がっ!!」
「――くっ、どうやって助ければいいんだ。ボクの無力を許してほしいアイリーン」
「ほわぁっ!? エリーダっ! 今助けに――パンナコツァっ!?」
「ああっ、エディ様っ!? エディ様ーーーーっ!?(ピエロかお前はっ!? 元婚約者なら助けにこんかい盆暗がっ!? だからオマエは盆暗なのよ!!)」
包囲網は、後一メートルの狭さまで。
同時に、ストリーやアイリーン達、そして元婚約者のエディが駆けつけるも、どうにもすることが出来ない。
――その時だった、救いの声が掌の板から聞こえてきたのは。
『掌握完了。周囲百メートルの自動人形を支配下に置きますか? 実行の場合は大声で叫んでください』
エリーダには、何を言っているか全てを理解できた訳ではないが。
叫べばいいと、感情の赴くままに口を開き。
「心なき哀れな人形共よっ! 天に召されなさい!!」
直後、人形達が動きを止め、ピーガーと謎の音と共にガクンと倒れた。
周囲の人々はその光景に、戸惑いのあまり静まりかえり。
そして。
「流石エリーダっ! 薔薇の乙女エイダの生まれ変わりっ! みんな、助かるぞおおおおおおおお!!」
(ストリーぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!? なに、何いってるの貴女っ!?)
(あのアマっ!? アタシ達を利用するつもりねっ!?)
更に悪いことに、元々エリーダを過大評価していたアイリーンとケニーが盛大な拍手を送り。
「エリーダお姉さま! お姉さまはこの事態を納める為に立ち上がったのですねっ! ああ、なんて素晴らしい人なのでしょうか!」
「よしっ! みんな! エリーダ様をお守りして、敵の所まで行くんだ! この街を守れるのはエリーダ様だけだっ!」
「エリーダ!」「エリーダ!」「薔薇の乙女、万歳!」「うおおおお! 薔薇の乙女の再来だあああああああっ!」
群集心理というものだろうか、老若男女関係なく人々は箒やモップ、フライパンやお玉など様々なモノを手にエリーダの後ろに。
(不味いですよエイダっ!? なんか妙な流れになってませんっ!?)
(あー、これダメだわ。流れにのってゲイリーをぶん殴りに行くしかないわ。ま、何とかなるでしょ。あの黒ちびも途中で合流するだろうしぃ。――ガンバ!)
(ああっ、させませんよエイダっ! また私に押しつけようとしてぇっ! 今度ばかりは貴女も一緒ですっ! 昔の男がしでかした責任をとりなさいっ!)
(はなせっ! はーなーせーぇっ! こんなの、どう転んでも後々めんどくさいのが、目に見えてるでしょうにっ!?)
悲しきは、長年張り付けた聖母の様な穏やかな微笑み。
人々はエリーダの姿に、やれ勝利の女神だの救いの女神だの勝手な想像を押しつけ、続々と集まり。
今やエリーダの号令待ちだ。
「やぁ親友。――そろそろ、年貢の納め時だと思わないかい? そうだ、後で手紙を預かってる。行進しながらでもいいから読んでおけ」
「ええ親友。――後で覚えて置きなさいよ」
ここで臆面もなく泣き言を漏らしたり、逃げ出せる性格だったらエリーダはもっと幸せに暮らしていただろう。
だが、そうでないのがエリーダ/エイダという少女だ。
『目的地検索、郊外の丘。エイダ死去の地に黒幕がいると想定されます』
「ありがとう、道案内を頼むわ(街を守ったら男はよりどりみどり! 張り切っていきましょう!)」
やけっぱちに笑うエイダの声を聞きながら、エリーダは声を張り上げた。
「目標、郊外の薔薇の丘! 皆さん! 私達の街を取り戻すために――――出発!」
そして、エイダではなく、エリーダの伝説が始まろうとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます