第21話「ポンコツ腹黒令嬢は愛に目覚めない」



「切っ掛けは何だったっけ……、いつもの日常だった」


「いや、教会内での刻印持ち不要論の支持者をお前が煽ったのが原因だが?」


 どこか張りつめた空気の中、エイダが語り出し。

 呆れたようにすぐ、マティアスが否定。

 途端、雰囲気が軽くなり。

 愛を交わす雰囲気ではないと、彼は苦笑しながらエリーダの手錠をはずした。


「歴史の中で、幾度となく行われてきた刻印者への不満の捌け口。あの時も、直に風化する筈だった。少なくとも上層部はそう考えていた」


「刻印持ちの方は、その社会に対する貢献が大きすぎて敵を作りやすいものですからね」


 エリーダの言葉は、言わば社会常識。

 彼らは皆、敬うべき存在ではあるし、彼らのお陰で今の社会が成り立っている事もも事実。

 だがそれが故に、成功を妬むもの。

 そして――。


「あー、そういえば。あの時の男達って、家族や恋人を亡くしたやつが多くて、すり寄りやすかったわ」


 彼らに対するもう一つの妬み。

 転生した、という事象そのものである。


「レインカナシオ聖教は、刻印持ちは生前の徳が高い人物と定義している」


「そういえば、百年前の戦争は。若くして亡くなった亡国の王妃が刻印持ちとして世に再び現れないのは、不道徳な人物だ、と時の権力者が失言した事が発端でしたっけ」


「へぇ~。知らなかったわ」


「ああ、お前は変わらないな。その知性を称える瞳のくせに、馬鹿な所が凄い可愛いぞ」


「はんっ、誉めたって何もでないわよ!」


「誉められてませんっ!」


 エイダに対して叫んだ所で、話が反れているとエリーダは本筋戻す。


「なるほど、エイダは運悪く反対派の人々を煽ってしまった。そういう事ですね」


「そうだ。幸か不幸か、今の肯定派に続く者達にもコナをかけていてな」


「あー、それで教会内の争いが国にまで広がったのですね……」


 非難の視線を内外から向けられた、ほぼ全裸の金髪美少女は。

 ウガーっと顔で、マティアスの肩に噛みつく。


「お、誘ってるのか?」


「誘ってませんっ!? エイダも後先かまわず噛みつかないでくださいっ!」


「ははっ、冗談だ。――ま、そんな感じで国内は緊張状態に陥った。……エイダは気づかなかったみたいだが、男達からの貢ぎ物を、物価が高くて困窮しつつある市民の為に放出したりな」


「それが『薔薇の乙女』の発端ですね?」


「そうやって名声を得てしまったのが原因で、さらにエイダ争奪戦が激しくなって」


 そこで、マティアスは押し黙った。

 ついに来たのだ、エイダの死の時が。

 うっすらと肩を震わせ、うまく言葉がだせない彼に代わりエイダが続ける。


「突然兵士に囲まれて、アタシはコイツに手をひかれ逃げ出した。馬車に乗ったはいいけど、すぐに追いつかれて街の外れ丘で動けなくなったのよ」


「――っ、俺は、俺はっ!」


「はいはい、アンタはあの時頑張ってくれたわ。今のように背は高くなくて、アタシより小さくて。大きな傷をいくつも負ってまで守ってくれたでしょう?」


 彼のあちこちに残る深い傷を、エイダは優しく撫でた。

 胸に、背中に、太股に、無事なのは顔くらいだろうか。


「男なんて、全部アタシの道具だわ。でもさ、アンタ達がアタシにしてくれた事は否定しない。黒ちび、アンタの好意も行動も、全部、全部正しかったわ。――ありがとう、あの時守ってくれて。…………とても嬉しかった」


 エリーダがエイダをただの悪人だと切り捨てられないのは。

 マティアスが好意を抱いたわけは、彼女のこういう所だろう。

 魂の底から悪人だと言い切るには、エイダは優しすぎるのだ。


「あの時っ! 俺は守れなかった! アイツが、ゲイリーがお前を殺して、永遠に自分のものにすると襲ってきたとき、守れなかったんだ! この前だってそうだ! お前をむざむざ浚われて、俺は助ける事すらできなかった!」


 エリーダの腕を強く掴み、慟哭するマティアス。

 彼女はそんな彼に、ふわりと微笑んで。


「……ねぇマティアス。アタシはさ、後悔してないわ。アンタを庇って死んだ事」


「俺は、今でも後悔してるっ!」


「今だから言うけど、あの時のアンタの存在は。アタシにとって、ただの所有物でしかなかったのよ。群がってきた男達と違って、アタシが唯一手元に残した所有物」


「どうせそれはっ! 俺の処分に困って残しただけだろうがっ!」


「でも、アタシが最後に手にしていたのはアンタだけだったわ。――その事実は変わらない。アタシにとって、特別なのよアンタは」


「エイダ…………――――」


 マティアスの言葉は事実だった。

 だがエイダの言葉もまた、事実であった。

 そして二人が肯定したならば、――それは真実となり。


「エイダぁ、エイダぁ…………お、俺、おれはぁっ――」


 彼女の死後、鋼鉄の心と大きな体躯でもって粛正騎士の筆頭に上り詰めた男は。

 まるで、幼い子供のように泣いた。

 ぽろぽろと大粒の涙をながし、わんわんと泣いた。


(嗚呼、何故でしょうか。不謹慎ですけど――、とっても可愛いですこのヒトっ!)


(なんだかんだで、泣き虫なのは変わってないわねぇ……おー、よしよし。気の済むまで泣いて、アタシの母性に酔いしれなさいな)


 歴戦の勇士の、年上の男の弱い部分を見せられて。

 見方によっては感動的な光景ではあるのに、二人は新たな扉をノック。

 ならば――する事は一つ。


「よしよし、アンタは頑張った。こうして生まれ変わったアタシも見つけてくれたしね。申し分ないわ」


「マティアス。私の胸でよければ、気の済むまで泣いてください。その権利が貴男にはあります」


 よしよしと頭を撫で、ぽんぽんと背中を。

 エリーダ達は母性を擽られながら、マティアスを柔らかに包容した。

 

(ふふっ、可愛いです……。まるで赤ちゃんみたいにおっぱいに縋りついて。いい年した立派な男のヒトなのにっ)


(なるほど、これは有効な手ねぇ。うん、悪くない感じだわ。ウケケケっ!)


 調子に乗った二人は、更に言葉を重ねる。


「よちよち、よちよち。ちゃんと泣けて偉いですねバブちゃん」


「アンタはやっぱり黒ちびのままね、いつまでもアタシに甘えなさい。――おっぱい飲む? 出ないけど」


「――――………………むぐぅ」


 となれば、癪に障るのはマティアスの方だ。

 今の状態は、抗い難い母性に包まれていて。

 普段なら欲情する所の豊満な美しい胸は、この世のなによりも安心できる枕。

 その柔らかな肢体に抱かれていると、目の前の少女が母にすら思えてくる。


「~~~~っ! お、俺はっ、俺はっ!」


「ふふっ、私を抱きたいのに、ですか?」


「出来るものならやってみせなさい、黒ちび赤ちゃん?」


 紛う事なき挑発であった。

 肌も露わな母なる少女が、自分の男を試している。

 最大限に欲望を燃え上がらせて奮起し、マティアスは体を離した。


「あら、もういいのですか?」


「もっとママに甘えていいのよ?」


 誘うように腕を広げるその姿は、母性とあいまって何と背徳的なことか。


「~~~~っ!! 抱いたらもう離さないぞっ! いいのかよっ! そもそも全部俺の手のひらの上なんだからなッ! 必ずお前は俺の所に戻ってくるって、俺から離れないってっ!」


「――まぁ。まぁまぁ!」

「――へー、ほー、ふーん?」


 顔を真っ赤にして、少年のように叫ぶマティアスの姿に。

 エリーダ達は歓喜した。

 その言葉は、嘘でも本当でもいい。

 確信したからだ、一人の。その魂も心も体も。男の存在全てを手に入れた、と。



「馬鹿な男だわアンタ」



「嗚呼、可愛そうに。貴男はもう二度と私達なしでは生きていけません……」



「アタシ達の愛が得られるのかも分からずに」



「でも安心してください。私達の全てをかけて、母にも娘にも、妹にも姉にも」



「そして恋人や、――妻にだって」



「「なってあげましょう――」」



「このッ!? このッ、クソ女共がぁッ!! 犯してやるっ! 俺の女にしてやるからなっ! 体ごと心も堕としてッ! ああ見てろよッ! 娼婦を堕とし過ぎて娼館を出禁になった実力をみせてやるっ!!」


 ――その瞬間、エリーダ/エイダがピシリと硬直する。

 今この男は、なんと言っただろうか。

 顔をさっと青ざめて、恐る恐る問いかける。


「……その、マティアス? 以前、童貞だとお聞きしましたが?」


「あんなもん嘘に決まってるだろうが、エリーダ、お前の小説を参考にしただけだ」


「えーと、黒ちび。残念だけど生理始まったから……」


「お前の周期は、前世の時からずっと把握してる。仮に速まったとして、もう容赦しない」


 愛欲と性欲に満ちあふれた獣の目で、筋肉質の大男がじわじわと距離を詰め。

 華奢だが、とても女らしい体つきの金髪美少女はじりじりと後ろに下がる。


「………………急用を思い出しました」


「後にしろ――――!」


 目を反らし、慌てて逃げ出そうとするも。

 ふかふかのベッドの中央だし、そもそも距離が近い。

 ガシっと腕を掴まれ押し倒される。


「~~~~っ! ええい、来るならきなさい!」


「私の魅力的な体! 世界一美しい体に精々溺れなさいっ!」


 やけっぱちになった二人は、涙目で叫んだ。



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