第5話
肌寒さを感じる冬の教室で、身を乗り出して鼻息を荒くした私と、それを始めて見せる吃驚した表情の彼女はコホンと一つの可愛らしい咳払いをして今まで没頭していた本をパタリと閉じた。
「ごめんなさい、ちゃんと話を聞いていなかったみたい。もう一度言ってもらえるかしら?」
ふむ、彼女の耳には私の言葉がちゃんと届いていなかったらしい。━━って、またあの恥ずかしい台詞を言うの!?
私の人生初めての告白は見事に空振りを決めたようだ。ええい、こうなったら何度だって言ってやる!別に減るモンでもなし!
「だっ、だから!その、私と恋愛をしてみませんか!!」
言えた!今度は何故か丁寧語になってしまったけど、言えたことは確かだった。
顎に拳を当て、考え込むように彼女はポツリと呟いた。
「━━そう。聞き間違えじゃなかったみたいね」
やはり一度目で聞こえていたようで、聞き返したのは確認のためらしい。
彼女からの返事はなく、しばらく沈黙が続いた。今までの部室で二人きりの沈黙とは違った私にとって無限に続くかとも思える地獄は、彼女の一言で終わりを迎えた。
「ごめんなさい。私も恋愛というものをしたこともないし異性と触れ合ったことすらないのだけれど、処沢さんのことをよく知らずに恋人になるということは難しいと思うの。だから、まずはお友達からということでどうかしら?」
涙が込み上げてくる。断られたことでの悲しさではなく、友達になれるという喜びでもなく、彼女に映る数字が「0」になったから━━。
彼女の私に対する好感度は恐らくマイナスがあるとするならばマイナスを示すだろう。しかし、それでも彼女は私と友達になってくれると言ったのだ。溢れる涙を必死に零すまいと無理矢理に笑顔を作った私の顔はきっと不細工だろう。
「ありがと、急にこんな話をしてごめんね。あははっ、化粧崩れちゃったからお手洗い行ってくるね」
その場に居ることが辛かった。教室を出て扉を閉める。勿論向かう先はお手洗い。そこまではなんとか涙を零さずに行けそうだ。小走りになる足で曲がり角を曲がるとドンっと頭に衝撃が来た。
不意の衝撃にバランスを崩し私は尻もちをついた。
「ご、ごめんなさいっ!」
誰であろうと泣き顔など見られたくない。顔を伏せるように謝り走り抜けようと駆け出した私の腕をそいつは無理矢理に掴んできた。
「どうしたの?何かあった?」
聞きなれた優しい声。顔を見なくても分かる。━━部長だ。
握られた腕からは手の熱が伝わってくる。伏せた私の顔を覗き込むように部長は私と目を合わせてきた。瞬間、堰が切れたかのように涙が零れ落ちた。視界が涙に満たされ顔の筋肉は言うことを聞かない。気が付けば、肩を揺らし吃逆のような泣き声をあげながら私は部長の胸の中で泣いていた。
どれ程の時間が経ったのであろうか。やがて涙は止まり、呼吸も落ち着く。その間何も言わずに胸を貸してくれていた部長の制服は私の涙や鼻水で湿っている。
「落ち着いた?」
「━━うん」
「何があったか聞いても良い?」
「告白━━した」
「そっか」
「そしたら数字が"0"になった」
「それは良かったじゃん」
「━━えっ?」
この時ばかりは私は自分の化粧の落ちた顔のことなど忘れて部長の顔を見上げた。
「だって元々"5"だった数字が"0"になったってことでしょ?」
「そうですけど」
「それは君が告白して彼女が答えたから。ということはその数字の信憑性はかなり高いということになるからね」
だからこそ、こちとら泣いているというのにこの男はフフンと流暢に語り始めた。
「しかしそうか、処沢さんは性癖的にそうだと踏んでいたけれど白河さんもそうだったとはね。いやはや日本もまだ捨てたもんじゃないね」
信憑性? 私の性癖? 白河さんも? 日本も捨てたもんじゃない?
沸々と湧き上がる波動を抑え、私は念のため確認をとることにした。
「部長、この眼鏡に表示される数字は女性にしか表示されないんですよね」
「そうだね」
「そしてこの数字の答えは私自身が持っているもの」
「その通り」
「部長、私の名前を言ってみてください」
「どうやら答えには辿り着けてたようだね。処沢ところざわ 香菜女かなめさん」
「はい」
そう言って私は部長の背後に回り込み、抱きつくようにクラッチを決めた。
「そう!正解は非処女りっぐえ━━」
Strange glasses @meatcoffee
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