夢追いサンタクロースと追いかけた夢

サダめいと

プレゼント

♪♫

トナトナトナトナトーナ

サンタを乗せて

トナトナトナトナトーナ

荷ゾリは揺れる

♪♫


 ご主人は形から入るタイプだ。


 一年に一度だけの大仕事に向けて、ソリのメンテナンスだけじゃなくて自分の身体も鍛えている。


 現代文明の利器に頼って夢を壊すのは本懐じゃないと、愚直にもソリに乗って、トナカイがソリを牽いている姿を見せたいのだそうだ。


 そんなご主人のためにソリを牽く献身的な道化がトナカイのボクである。全てはご主人の一年に一度限りの夢のために、その相棒としての役割をこなすだけの存在だ。


 その献身が顧みられるなんて思っちゃいない。今年が最後だと思うことにして、燃え尽きる覚悟で働くまでだ。




 今年分の夢を果たす日が来るのはまだ一ヶ月は先なのに、自分にはそれしかないからと呪詛のように繰り返しながら、そこまで割り切れてないボクの気持ちをよそに付き合うのを強要してくるご主人。当然、ボクには拒否権も、抗う手段もない。


 おかげですっかり筋肉ムキムキゴリマッチョだ。ボクは肉弾戦を得意とする暴虐非道な獣じゃないのに。


 人里離れた深い森でひっそりと暮らしながら全ての生物に慈しみの目向けながら優しく草を喰む神秘的なキャラクターイメージを突き通したかったのに。




 ご主人ときたら、真っ赤なローブと真っ白な口ひげの似合う理想通りのサンタクロースとして、子供達にひとつでも多くプレゼントを届けたいからと、大量のプレゼントを購入するための資金を稼ぐために、今月からかなりのハイペースで運送業務をこなしている。


 この地域では11月になった頃から雪が積もり始め、4月までは融けきることがない。だから、今月からは毎日のように雪上の運送が必要とされ、ご主人への依頼も殺到する。


 どれほど雪深い場所にも届けてくれると評判の運送屋さんとして名が通っているらしく、ご主人もご主人で断ることを知らない人だから、例えに雪に足を沈み込ませたって構わず歩けるボクがどうしても必要になるんだ。


 ご主人の行きたいところに連れて行くのがボクの役割だから、それをこなすことだけが生きていくのに必要なことだ。




 真っ赤なお鼻なんて特徴がないボクは、語られる存在になる素質なんてない。

 子供達のヒーローになるのはご主人だけだ。


 ご主人がより多くの子供にとってのヒーローになるために、ボクはせかせかと足を動かして、ひとつでも多くの家にご主人とプレゼントを送り届ける。


 それがご主人とボクの間に成立した主従関係の正しい姿だ。ボクも子供に感謝してもらいたいなんて贅沢なんか言わないよ。




 サンタクロースなんて誰にだってなれる。


 コンビニのオーナーが制服に似合いもしないサンタ帽を被って、運営部から送りつけられた大量のケーキの売れ残りを自腹で買い取り、奥さんの顔にパイみたいに叩き付けたってそれもサンタクロースだ。


 ご主人はサンタクロースをそれだけの存在にするのを拒絶しているかのように、理想ばかりを追い求めている夢追い人だ。下手な生き方をしてると思う。一年にたった一日だけ、いいカッコしたいからと他の毎日を犠牲にしてるんだから。


 サンタクロースの世間的イメージを維持しなければならないなんて血の盟約でもサンタクロース協会と結んでいるんだろうか?




 わからない。


 わからないけど、ボクは今年もとことん付き合うよ。ご主人あってのトナカイだからね。



✩ ✩ ✩



 クリスマス・イヴがやってきた。


 今夜、サンタが街にやってくる。



 本当のサンタクロースが来ると思ってる純粋無垢な子供達がこの街にどれほどいるか分からないけれど、ご主人は自分が本当のサンタクロースだと信じてやまない純粋無垢な人だから、その想いが伝わって欲しいとボクも純粋な気持ちで願いを込め、雪上を駆け出した。


 重い。ソリにはプレゼントが満載だ。


 日頃の鍛錬の甲斐あって四肢の筋肉が自分で自分だとは信じられないほどに発達しているからか、意外なほど軽やかにソリは滑り出した。


 この様子だと止まる時が暴走しそうで怖い。ブレーキ操作はボクじゃできないからご主人任せだ。


 ご主人だってこの日のために鍛え上げてるし、ソリのメンテナンスもバッチリだ。杞憂にすぎないだろう。




 順調に。とても順調にプレゼントは届けられていく。


 けれども既に夜は深い。


 ご主人はわざわざ理想のサンタクロース像を体現するためにトナカイが牽くソリに乗って配るスタイルを貫いているのに、プレゼントを届ける子供たちが寝静まった後でも配るのをやめない。


 もうこんな時間じゃ、その姿を見て喜ぶ子供なんて起きていないだろう。起きているのは、夢なんて見るよりエッチなテレビ番組を見たほうがいいやって思ってるマセガキどもだけだ。


 サンタさんが来るのを待ちわびてる子供にはもう見てもらえないんだよ。


 そんな風に思いながらも、言葉にできないボクはただご主人がこの夢のような仕事を全うするのを最後まで手伝うだけだ。




 こんな時間になったら、どこの家も玄関の鍵は閉ざされている。こうなるともう、ポストに入れることぐらいしか出来ない。小さなプレゼントを優先的に拾い上げ、家のポストに向かっていくご主人。


 夢を見る子供がいなくなって、まだ夢を見ていたい大人だっているんだろうけど、彼らにだってもうその夢を見せることが出来ない時間となっている。タイムアップだよ、と思うのはボクの勝手な諦観だ。


 ほぼ休みなくプレゼントを配り続けていて疲労の見えるご主人の足が、タイムアップが近いのを悟って焦っているのか雪上を滑って転びそうになるのを見ながら、ボクもご主人が戻ってきたらすぐに次の目的地へ進めるよう、凍えて感覚が鈍らないよう、積もった雪を抉る勢いで足踏みを続けていた。




 ソリの中に満載だったプレゼントもついに、子供には渡しきれないほど大きな梱包の物を残して届けられ、貰い手を得ていった。


 ソリが軽くなったのだから当然、ボクの進む足も軽やかだ。そろそろ終わりが見えてきたってのも軽く感じられる要因に違いない。


 けれども目標である、積載していた全てのプレゼントを渡す事はまだ、その大きな存在感を残し続けているプレゼントがある以上は果たせない。


 実際よりも重々しいその存在に、ボクは恨めしさを覚えてしまっていた。


 ご主人は最後まで諦めないだろう。これで最後にしようと決めるのはご主人か、それとも夜明けの太陽か。


 いっそのこと、大きなお屋敷の門にでもこのデカブツを立て掛けて終わりでいいんじゃないかな、と提案したい気持ちになっていたけれど、言葉に出来ないボクは、最後が訪れるその時までご主人を引っ張り続けるだけだ。



★ ★ ★



玄関が開いていた。


ラストチャンスを掴んだと確信したらしいご主人は、あの大きなプレゼントが抱えて足取り軽やかに向かっていく。配送業で鍛え抜いたご主人にとって、あの物量を運ぶくらいは造作もない。



「メリークリスマス!」



 ご主人が玄関に飛び込んだ直後、元気な声が聞こえてきた。今夜、幾度となく聞いた言葉だ。声を張り上げすぎたのか枯れかかっているのはご愛嬌。



 そして、


 初めて聞く言葉が――悲鳴が届いた。



 サンタクロースの衣装は真っ赤だ。


 だからそれと気づいたのは見た目からではなかった。


 その匂いは、凍てつく空気に漂ってもなお熱を帯びていた。


 その熱は生きている証だ。


 生きてきた証だ。



 ☆ ☆ ☆



 太陽が昇る。


 朝の陽光が、爽やかな朝の景色を美しく照らし出す。



 サンタクロースの服装と同じ、赤の白のツートーン。


 真っ白なはずの雪に、赤色の線が描かれている。まっすぐにソリに伸び、途切れていた。


 ボクの足はもう、動くための熱源を失っていた。




 朝焼けの赤色が完全に抜ける頃には、ボクの周りに人集りができていた。


 野次馬たちの無遠慮な噂話が嫌でもボクの耳に、事の顛末と真実を捩じ込んでくる。




 クリスマスパーティで酔っ払った家の住人が、浮かれて度を越した行動を見せていた参加者と口論の果てに殺傷事件を起こしていたこと。


 その現場に運悪く加わってしまったサンタクロースの男を、狂乱状態の住人が刺してしまっていたこと。


 そして、サンタクロースの男はソリに戻り着いたところで事切れていたこと。




 ソリの上のプレゼントは全て無くなっていた。


 目的達成だ。


 間に合ったんだ。




 でも、でもね。


 ボクへのプレゼントがまだ届いていないんだ。


 ご主人からの、よく頑張ってくれたってねぎらいの言葉が届いてないんだ。


 ねえ、ほしいよボクもご主人のプレゼント。




 でも、今となっては無理なことだってわかってる。


 だから言うんだ。ボクからの、ご主人への最後のクリスマスプレゼント。



「メリークリスマス!」



 汗も流れ落ちない凍てつく気温の朝に、汗とは違う熱い水がぽろぽろと滴り、凍って動かなくなった前足を融かしていった。

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夢追いサンタクロースと追いかけた夢 サダめいと @sadameito

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