第6話-02 間に合わなかった
向井堂に支援部隊のところに連れてこられた僕だったが、当たり前と言えば当たり前だが、そこに僕の居場所はほとんどなかった。
「なあ、こいつに仕事を与えてやっちゃくれねえか?」
向井堂は僕を押し出して、支援部隊の面々を見回した。しかし彼らは一度手を止めてこちらを見た後、自分の作業へと戻っていってしまった。
やっぱり僕は足手まといなんだ。そう思いながらこぶしをぎゅっと握ると、僕の前へと歩み寄ってくる足音が聞こえた。
「それなら適任のものがありますよ」
振り向くとそこには、軍服を着た長身の女性がいた。
「ええと、桂坂さん……?」
一歩後ずさりながら名前を呼ぶも、彼女の仏頂面は変わらなかった。しかし、彼女はそんな表情のまま、僕にあるものを手渡してきた。
「これは……?」
「被害を広げないために市民を誘導する係です」
受け取ったそれは大きなランタンだった。きっとこれで霧を照らして避難を促すものなのであろう。当前だが戦うための仕事ではないことにどうしても不満を持ってしまい、僕はランタンを見下ろして唇を尖らせる。
「あなたの望み通り、前線に近いのだからいいじゃないですか」
桂坂の冷たい声が上から投げかけられる。
「それとも、さらに後方での支援がお望みですか?」
異を唱えることはできなかった。僕はランタンをぎゅっと握りながら、こくりとうなずいた。
桂坂の言う通り、誘導係は前線に近い位置を周回するところだった。桂坂と向井堂は異常を発見するために隊へと戻り、僕は離れた道の片隅で背中を建物に預けてつま先を揺らしていた。
役に立ちたい。降姫を守りたい。それから、混乱している自分の記憶も。
ままならない思いのまま、霧煙る街を見つめ続ける。
「君を助ける方法があるんだ」
「それが成功したらね。きっと降姫は元気になれるから」
聞こえるはずのない声が耳朶を打つ。これは確か、降姫を助けるすべがあると僕が言った言葉だ。でも、それが今更どうして。
首を振って幻聴を遠ざけようとしたその時、頭上から人影が僕を覗き込んできていた。
「やあ外彦くん」
「十賀淵さん?」
警察の制服を着た十賀淵は、人の好さそうな笑みを浮かべて訪ねてきた。
「どうしたんだい、こんなところでぼーっとして」
子ども扱いされているような気がしてむっとしたが、一応質問には答えることにした。
「避難誘導の担当をしてるんです」
「ほう、それはいいね」
何がいいのか。それ以上聞いてもこちらが嫌な気持ちになるだけだと悟った僕は、すかさず彼に逆に尋ねた。
「十賀淵さんはどうして?」
彼はちょっと驚いた顔をした後、僕に顔を近づけてきた。
「実は今、鬼切の上層部の腐敗について探っていてね……」
声をひそめて十賀淵は言う。
鬼切の上層部の腐敗。そんなものがあるのだろうか。いや、だけど僕と犬崎さんへの態度を見れば、もしかしたらそうかもしれないと思えてしまう。だって、僕たちは鬼切のために頑張っているっていうのにあんな仕打ちはあんまりだ。
だけど、ふと疑問に思ってしまうこともある。
「なんでそれを僕に……?」
内部を探っているのなら鬼切の僕に教えることなんてありえないはずだ。しかし十賀淵はあっけらかんと言った。
「君は間違いなく関わっていないだろうし、口も堅そうだからね」
つまり数には入れられていないということだ。悔しさで奥歯をかみしめていると、十賀淵はぽんっと僕の肩に手を置いてきた。
「もし鬼切の中に腐った奴がいるって思ったら協力してほしいんだ」
僕は複雑な気分で彼を見上げる。彼はにこにこと笑んでいたが――その時鳴り響いたけたたましい音に、慌てて僕は通信機を持ち上げた。
対象確認。
場所は東し地区。
対象と交戦中。
通信機から聞こえてくる音を頼りに、僕は霧の街を駆け抜ける。ぜえぜえと息は上がるが、自分の仕事を全うするにはできる限り早く到着しなければ。
走っているうちに通信機からの声は変わっていく。
駄目だ、勝てない。
一度体勢を立て直して。
こんな場所じゃ戦えない。
苦戦しているというのはすぐに分かった。なおさら急がなければと足を動かしていると、ちょうど目の前に武装した桂坂がいるのと鉢合わせた。
「今この時から私が隊長代理になります! 全班員は私の指示に従うように!」
班員は迅速に対応したようだった。だが僕はそれの意味するところに嫌な予感がし、桂坂に追いすがった。
「ま、待ってください」
彼女はちらりと振り返り、僕を見下ろしてくる。僕は全身に震えが走るのを感じながら、必死でそれを確かめた。
「犬崎さんは、犬崎さんはどうしたんですか」
桂坂は数秒言葉を止めた後、冷静な声色で答えた。
「隊長はおとりです」
周囲の班員はいったん退いて、僕たちの間には奇妙な沈黙が流れた。
「まだ鬼のところにいます」
冷たく言い放たれたその言葉に、僕は放たれた矢のごとく地面を蹴り、ランタンを投げ捨てて走り始めた。
「あっ、君!!」
背後から桂坂の焦った声が響く。だけど足を止めることはできなかった。
嫌な予感がする。通信機からノイズまじりの音が響いている。鬼の咆哮、鬼切たちの連絡、何かが叩きつけられるような音。
通信機から聞こえてくる声から、現場の位置を探ろうとする。狭い路地を駆け抜け、何度も人とぶつかりそうになりながら地面を蹴りつづけ――僕はその場所へとたどり着いてしまった。
そこは、だだっぴろい広場のようだった。
最初に見えたのは足だ。道の先に倒れている誰かの足が見えていた。息を切らしながら僕は広場に駆け込み――それが誰の足なのか見てしまった。
黒の軍服を着た彼には見覚えがあった。長身で、いつも笑顔で、だけど今はぼんやりと宙を見ている、首がほとんどねじきれてしまっている彼は。
「む、かいどう、さ……」
震える声で名前を呼ぶ。しかし答えが返ってくるはずがない。
「なんで、なんで……」
どずんと重い足音がして、僕は振り返る。そこには、五メートルはあるであろう巨大な鬼と、その足元に倒れている見知った人の体があった。
正確には体ではない。
そこにあったのは、犬崎隊長の――上半身だけだった。
ぐちゃぐちゃと咀嚼音が響く。見上げると、鬼が犬崎の下半身を口の中に放り入れたところだった。
「ぁ、あぁ……」
鬼はこちらに向き直る。僕は、叫びを上げながら顔をかきむしった。
「あぁぁぁぁあああああぁあぁあああああ!!」
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