41、「長女」というラベル
大学生になっても、弁当と夕飯を作るのは私の仕事でした。「買い食いは食費が無駄にかかる」「(妹)が高校生になればどうせ三人分の弁当になる」と、高校生と同様に弁当を持っていくことになっていました。「家にいさせてやってるんだから」と、それ以外の家事も背負わざるを得ませんでした。
アルバイトを終えて帰ると、たいてい夜の十一時を過ぎました。そこから台所に立ち弁当を作りました。一人で食べる物なら適当に済ませるけれど、父が食べる手前そうもいかず。とりあえずの玉子焼きと、何か一品、肉を炒めたものなどを作るのが精いっぱいで、余った場所には冷凍食品を詰めました。たったこれだけでも、慣れないアルバイトで体力を消耗した状態では、かなりしんどいものでした。それでも「手抜きだ」と言われることもありました。
五月。ある休みの日の夕方のことでした。妹は部活で疲れていたらしく、昼過ぎから全く起きてくる気配がありませんでした。父はいなかったので、もしかしたら休日出勤だったのかもしれません。
ひとりで買い物に行き、ため込んでいた四日分の洗濯物を干しました。夕飯の支度をしている最中、全く起きてこない妹を思って、ふと頭をよぎるものがありました。
別の日。アルバイトから帰ってきて、洗濯物と夕飯の食器がそのまま残っていた時の気持ち。「私もう寝るねー」と寝室に行く妹を見送りながら、私だって眠いんだけどと言うのを抑えて、洗濯が終わるのを待っている時の気持ち。
ぼーっとしていればご飯が出てくる。片付けも放っておけばやってもらえる。ひとりだけさっさと寝れば勝手に家事が片付いている。父親の相手もしなくていい。君が寝てる間に私は4日分の洗濯物を干したんだけどさ、ほんっと気楽でいいよね、私だって早く寝たいよ。
感情がぐるぐると渦巻いて、爆発しそうになりました。
「長女」のラベルは母親の代わりなのか?
これだけやっても父には「何もしない」の烙印を押されるのはどうしてなのか?
疲れている妹を労わることもできない自分は狭量なのだろうか、と思いました。
たまらなく腹立たしかったけれど、ここで妹にキレたら、いつか「俺は奴隷か」とキレてきた父と同じになってしまう。そんな一抹の理性だけが、私を押しとどめていました。
今妹に怒るのはやめよう、と心に決めました。それと同時に、人に期待をすることも、どこか諦めました。
夕飯を作り終え、妹に優しく声をかけて起こしました。
「ごめんね、寝ちゃってた。お姉ちゃんありがとう」
眠たそうな目をこすりながら、妹はそう言って起きてきました。反骨精神むき出しだった私とは違って、妹はびっくりするくらい素直な「いい子」でした。
妹と二人で夕飯を食べました。作ったのは、余ったミートソースを使ったグラタンだったと思います。「おいしいね」と言って食べる妹を見ているうちに、あれほど激しく湧き上がっていた怒りも、不思議なほど収まっていました。
妹を怒らなかった。
私はお父さんと同じにはならなかった。
えらい。
そう言って、自分で自分を慰めていました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます