40、ベース始めました

 中高生から水泳部、放送同好会、文芸部と、クラブ活動が何一つうまくいかなかった私。大学生になったからには、何か新しいことを始めたい、と思い至りました。

 高校生の時、興味本位で自主映画を作ったことがあったものの、大学に行って続けたいと思うほどの熱意もなく。どうしようかなあと考えた末たどり着いたのは、「一生で一度くらいバンドをやってみたい」という浅はかな好奇心でした。

 丁度、ロック音楽をテーマにした小説を書こうと思っていた時期でした。そういえば、音楽を聴くことは好きだけれど、パフォーマー側の知識は何一つないな。そう気づいた私は、取材と経験を兼ねて軽音サークルに入会しました。

 父からは「大学の軽音サークルは初心者なんていない」「入ったところで相手にされない」と脅しのように言われました。事前に下調べをし、初心者の多いサークルに目星をつけていたので、私は父の忠告を無視しました。父は不機嫌そうでした。


 私の入ったサークルは、弾き語りとバンドの双方で活動ができるものでした。口だけではない初心者歓迎は予想以上のもので、穏やかで優しい人たちばかりでした。家とはまるで違いました。

 ギターかベースどちらかがいいなと思っていた矢先、ギターが弾ける人は異様に多かったので、どこか逃げ込む気持ちでベースを始めました。低音の重々しさと格好良さに惹かれたのもあります。楽器は決して安くはなかったものの、家に置いているとどこか気持ちが華やぎました。初めてのバイト代で買ったので、ベースには「初任給くん」と名付けました。

 ベースは慣れるまでが大変だったけれど、軌道に乗ってくると少しずつ上達していきました。「うまいね、本当に初心者?」なんてほめられた日には、お世辞だと思っていても嬉しいものでした。


 徐々に、色々な人とバンドを組み始めました。(私のサークルは、コピー元のバンドごとにバンドを結成するような仕組みで成り立っていました)

 ベースは全体的に人数が少なく、常に人手不足気味でした。その結果、色々な人に声をかけられることになり、誘われたことが嬉しくて、次から次へと引き受けました。その結果パンク寸前まで追い込まれることもあったけれど、誰かに必要とされているような感覚に、私は半ば依存していました。

 スタジオで練習があった日は、帰宅が遅くなったり、友達の家に泊まることもありました。家を空ける口実が少しでもできることは、私にとってとても喜ばしいことでした。

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