番外編② 初めての夢の国が悪夢に包まれた話

 小学校四年生の時、初めてディズニーランドに行きました。

 父が車を運転し、私と妹が後部座席、母が助手席といった具合でした。梅雨の真っただ中だったせいか、雨こそ降ってはいなかったけれど、空はどんよりと曇っていました。

 最初は上機嫌だった父も、運転に疲れてきたのか、徐々に不機嫌になりました。

 場内に入るまでの長い行列に苛立ち、ファストパスをうまく取れなかったことに苛立ち、物価の高さに苛立ち、私がお土産を早く選ばなかったことに苛立ち、なかなか進まないアトラクションの列に苛立ち……。昼ご飯でビールを飲んで少し回復したものの、場内での父の機嫌はその後も下降し続けました。

 二時ごろになって、「道が混む前に帰るぞ」と言い出した父を筆頭に、私たちは帰ることになりました。特に不満はありませんでした。お土産など必要なものは既に買っていましたし、このまま長居し続けても、不機嫌な父が隣にずっといるのでは、ろくに楽しめないことはわかりきっていました。

 ただ一つ、私の気がかりは、父が昼食時にお酒を飲んでいたことでした。

「これって飲酒運転にならないの?」

 車に乗ると同時に、私は父にそう尋ねました。母はすかさず「もうお酒は抜けてるから大丈夫だよ」とフォローを入れました。父の機嫌を損ねたくなかったのかもしれません。

「飲酒運転なんかより、下手な奴が運転してる方がよっぽどあぶねえよ」

 父は得意げにそう言いました。父は運転が上手いという自負がありました。とはいえ、急発進と急ブレーキを上手いと思っているタイプだったので、乗っているとすぐに酔いそうになる荒い運転でした。

「本当に大丈夫? 検問で止められたりしないの?」

 テレビで見たことのある映像を思い出しながら、私は父を見上げました。

「うるせえな、大丈夫だって言ってんだろ」

 父は声を荒げました。母が眉をひそめたのがわかりました。

「お前みたいなルールに縛られているクズが社会に迷惑をかけるんだよ」

 吐き捨てるように言い、父は車を急発進させました。


 帰りの車内の空気はお通夜そのものでした。「お父さんが運転している車の中で、遊び疲れた家族が寝ている」というCMは、文字通り夢のまた夢でした。酔いがひどくて寝ようとしても、父は「俺は運転してるのにお前らは寝るのか」と言い、あからさまに不機嫌を示しました。

 数少ない楽しい思い出もすべて吹き飛んで、私の初ディズニーはトラウマそのものとなりました。

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