番外編③ 父がネトウヨだった話

 ネット右翼、という俗語が流行るずっと前から、父にはネトウヨの兆候がありました。

 父は2ちゃんねる(現:5ちゃんねる)が好きでした。よく「在日中国人(朝鮮人)が日本を乗っ取ろうとしている」というような話を、まだ小学生だった私や妹に語っていました。

 私が小学校高学年くらいの頃でしょうか。一時期、K‐POPや韓流ドラマが流行してからは、特にそれが顕著になりました。「大手テレビ局は在日に乗っ取られている」「韓流の流行は在日の陰謀」「あんなもの好きな奴なんていないだろ気持ち悪い」「あいつらは毎日のように日本への侵略をしようとしている」「生活保護は不正受給する悪質な在日だらけ」など、半ば被害妄想じみた話を毎日のように聞きました。時には、嫌韓を堂々と謳った漫画を買ってきては、私や妹に無理やり読ませることもありました。

 父の意見に賛同しないと、「お前も在日の味方をするのか」などと怒られることも少なくありませんでした。純粋だった妹はみるみるうちに父に染められていきました。私はどこか意地になって、否定をすることこそなかったけれど、目に見える形で賛同をすることはありませんでした。


 私が嫌だったのは、単に父が極端な政治思想を持っているからではありませんでした。

 当時私には、一つ下の学年に韓国人の友達がいました。父が言うところの「在日韓国人」のその子は、頭の回転が速く、趣味も合うとても面白い子でした。私はその子のことがとても好きで、その子が引っ越してしまうまでの一年ほどの間、よく一緒に遊んでいました。

 父は私の友達の存在も知っているはずでした。それにも関わらず、父は私に「在日朝鮮人は悪だ」と吹き込み続けました。

 どこか違和感を覚えてはいても、最初は私も疑わずに父の意見を受け入れていました。

 いつだったか、私がその子に父から聞いた話をしたことがありました。傷つけようという意図もなく、何の気なしの言動でしたが、彼女は私に腹を立て「よくそんなこと言えるね」とその場から立ち去ってしまいました。

 無神経なことを言ったのだ、とその時初めて気が付きました。鈍感だった自分を恥じると同時に、父が言っていることはこれほど人を傷つけることなのだと、初めて自覚させられました。

 それを境に、父の持つ政治思想への違和感は、日ごとに膨らんでいきました。過激、排他的、妄信的だった父が政治の話をする時は、いつにも増して不快感に襲われるようになりました。


 中学生になっても、高校生になっても、父の宗教じみたそれは相変わらずでした。

 金曜ロードショーか何かで、TVで『ソロモンの偽証』を見ていた時でした。裁判を押し切ろうとする主人公の亮子に反対し、大声を張り上げる女性教師が出てくるシーンでのことです。こういうヒステリックなおばさんっているよなあ、程度にしかとらえていなかった私に対し、父は「左翼に染まった日教組にありがちなヤツだよな」と独りごちました。

 宮部みゆき先生の『ソロモンの偽証』シリーズは、小説もすべて読んだ上で好きな作品でした。私は純粋に映画を楽しみたかったのに、余計な横槍を入れられたような気分でした。

 特に何を言ったわけではなかったのですが、ムッとしたのが表情に出ていたのでしょう。

「なんだよ急に不機嫌になって」と、父が煽るように言いました。「お前も左翼か?」と揶揄いの混ざった口調。感情的になっては相手の思うつぼだと思い、私は努めて淡々と返しました。

「なんでこんな時にまで、関係ない政治の話するのかなって思っただけだよ」


 先に怒りを顕わにしたのは父の方でした。

「関係ないってなんだ。あの頃の学校は日教組に支配されていたんだ。歴史的な事実だろ」

「そういうの関係なく、ああいう人はどこにでもいるじゃん」という私の反応は、すぐさま興奮した父の声でかき消えました。「日教組」「左翼」と呪文のように繰り返す父は、不快を通り越してもはや不気味なほどでした。

「認めないってことはお前も左翼ってことだろ」

 謎の飛躍が現れるのはいつものこと。私は相手をするのも面倒になり、父の視線を無視するようにTVを注視していました。間が悪いことに、流れているのはCMだけでした。

「……お父さんがそう思いたいならそれでいいんじゃない」

 相手をするのも面倒になって、私は適当にそう返事をしました。親に向かってなんだそのナメた態度はと、父はますます猛り狂いました。しまいには、「俺に限界が来る前に真面目に話をしよう」などとTVが消される始末でした。うんざりでした。


 「右翼」と言われている人を槍玉にあげたいわけではありません。どちらかに加担する気もありません。両翼とも極端な人は好きじゃないので。


 ただ、毒親と極端な政治思想って謎の親和性があるよなあと、時々感じることがあります。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る