番外編

番外編① 父と自転車


 本稿では、流れ上本編中に書ききれなかったり、忘れていたけれど書いているうちに思い出したりした「あれ嫌だったなー」というエピソードを供養していきたいと思います。


 <父と自転車①>

 小三の頃、北関東に引っ越してくる少し前から、父は自転車趣味に傾倒し始めました。

 父はお金に関してかなりうるさい人でした。母が数百円の口紅を買うにも渋い顔をし、病院の検査代を理由に母を叩くこともありました。好きに使っていいと明言されていた私たちのお小遣いも、いざ好きなように使うと、「無駄遣いだ」と横から文句を言われました。「好きに使っていいって言ったのに」と反論すると「誰が稼いだ金だと思ってるんだ」と怒鳴られる始末でした。

 しかしながら、父の自分に対する投資は惜しみないものでした。

 自分用のロードバイクは、欲しいものが我慢できず二台。一番目のものはせいぜい数万円でしたが、二台目は十五万円だか二十万円だかする代物でした。大学生になった時は、一人暮らしをさせてやる金なんかないと散々言っていたのに、「ゆきこが国立受かったから金が浮いたわ~」と七十万もする三台目の自転車を買っていました。月五万の仕送り一年分にゆうにおつりが返ってくる値段ですね。

 その他にも、家に自転車を停めるためのポール、室内で自転車に乗るための器具、サイクルウェア、専用の靴、カスタマイズ用の部品など、自転車のこととなると、父は色々なものを躊躇なく買っていました。

 他人の出費には小さなものでも目くじらを立てるのに、父の態度の矛盾は甚だしいものでした。それを指摘したところで、「俺が稼いだ金を俺が使って何が悪い」と開き直る始末でしたが。

 自転車はリビングの一番よく見える位置に置かれました。邪魔で仕方ありませんでしたが、父がいないときなどは、よく憂さ晴らしに蹴飛ばしていました。


 <父と自転車②>

 小学校高学年くらいのことだったと思います。学校で交通安全教室と称した自転車のマナー講座がありました。警察官の人が直々に、安全なサドルの高さや、ヘルメットの重要性、走るべき場所などを説くものです。

 その教室の数週間後、母の使っていた大人用のママチャリが、お下がりで私のものになりました。点検やセッティングなどは父が張り切って行っていました。サドルの高さを合わせる時、父は私の両足がギリギリ届かないくらいの高さまでサドルを上げました。

「これじゃ止まる時足がつかないよ」

 私が不安からそう言うと、父は「スポーツ用の自転車では止まる時足は付けないんだよ」と得意げに話しました。この高さも、本格的な自転車の乗り方にあやかれば当然だ、とのことでした。たかが素人がプロ気取りもいいところでした。

「でも、交通安全教室では、両足の爪先がちゃんと着くくらいの高さがちょうど良いんだって言ってたよ」

 私がそう返したことで、父の目の色が変わりました。

「俺が言ってることがわかんねえのかよ」

「だって……」

「俺の言葉よりも、交通安全なんとかの言葉を信じるのか!」

 父はそう激昂し、「お前のためを思ってやってやったのに、善意を台無しにされた」と一方的にまくしたてました。突然激怒した父を前に、私はただ呆然とするしかありませんでした。

 結局私はサドルの高い自転車に乗ることになりました。慣れてしまえば運転自体はなんてことありませんでした。しかしながら、一番困ったのは、人に自転車を借りた時に、サドルが低く感じてうまく乗れないことでした。バランスをとるのが難しく、まっすぐ走ることさえ危ういくらいです。

 人の自転車が上手く乗れないのは今でも同じ。

 父にかけられた呪いのようだと思います。

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