21、Day2 母への不信を初めて自覚した

 Yちゃんの家は、私の家とは学校を挟んで反対側にありました。

 家出二日目の朝。いつもと違う通学路を使って、私はいくばくか緊張しながら登校しました。Y家の人々の好意で、「落ち着くまではうちから学校に通っていいよ」ということになっていました。私はありがたくお言葉に甘えていましたが、Y家に迷惑をかけないためにも、私がY家から学校に通うことは内密にするという約束もしていました。

 昼休み、他の友達にあやうく口を滑らせそうになり、Yちゃんに小突かれた以外は、特に何事もなく一日が過ぎました。

 いつも通りの放課後を過ごし、Y家に帰宅後。スマホの機内モードを解除すると、父からの鬼電の他に、母からの不在着信も何件も入っていました。

 それまで、私が母に連絡をすることはあっても、母から連絡が来ることはほとんどありませんでした。私はびっくりして母に電話をかけました。

 Yちゃんは私を部屋に一人にしてくれました。

 電話口に出た母は怒っている様子でした。私の行動を身勝手だと非難し、「なんで他人に迷惑をかける前に身内に頼らないの!」と叱る声は、久々に聴いた激しい声音でした。

 少しの驚きの後、悶々とした気持ちが心中を満たしていきました。部屋でひとり、携帯を耳に当てながら、気づくとぼろぼろと泣いていました。

「お友達のうちにお世話になるくらいならうちに来なさい」

 何度そうしたいと思ったか、今までどれだけSOSが無視されたか、そんなことは考えてもいないような口調。今まで同情するばかりだった母に対して、初めて怒りのような感情がわきました。

 なんで頼らなかったのか?

「信用してないからだよ」とは言いませんでした。言えませんでした。

「他人に迷惑をかけるな」「人の好意に甘えるな」と何度も繰り返しながら、母は私に家に帰るよう促しました。母のことは、決して嫌いではなかったけれど、私は絶対に「うん」とは言いませんでした。

「私は怒ってるんだよ」

「あいつが理性的な話し合いをできるなんて思えない」

「あいつのことなんか信用してない。帰ったらどうなるかわからない。そんな状況で帰ろうなんて思えるわけないじゃん」

 泣きながら、自然と叫ぶような口調になりながら、そう繰り返しました。部屋の外にいるY家の人の耳にも、私の声は聞こえていたでしょう。だけど、それでも構いませんでした。

「それでもいつまでもお世話になるわけにはいかないでしょ。いずれ帰らなきゃいけないんだからね。好意に甘えてばかりだといずれ愛想をつかされて、せっかくのいい友達にも離れられてしまうんだからね」

 母は穏やかな口調でしたが、一貫して私を諭そうとしていました。

 いずれ帰らなくちゃいけないことくらい私だってわかってる、と返して、そのままいくらか会話が続いて、電話を終えました。


 リビングに戻ると、Y家の人々が揃っていました。Yちゃんが家族に私の事情を詳しく説明したようでした。その後、私の父にも(クラスの連絡網を使って)電話をかけ、「ゆきこちゃんはうちで預かっていますので、心配しないでください」という旨の連絡をしたようでした。

「うちは迷惑だなんて思わないから、いくらでも頼ってくれていいんだよ」

 Y父が穏やかにそう言ってくれ、私は深々と頭を下げました。(後にYちゃんは、「ああいう人前でいいカッコしたがりなのホント嫌い、親父だってゆきこのお父さんと似たようなもんなのに」とキレ気味でした)

 Y家の人々と話し合い、とりあえずその週まではY家に泊めてもらうことになりました。

 夕飯には鍋が出ました。その後は、母にすごい量のラインを送りながら、テレビを見たり、ストーブで焼いた林檎を食べたりしました。有名な俳優の引退を知って、いくばくかショックを受けたことも思い出に残っています。

 温かいお風呂にも浸かりました。ガス代がかかると文句を言われることも、長風呂がすぎると嫌味を言われることもない。穏やかな時間でした。

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