17、顔を知らない兄弟

 高二の夏。その日もまた、もう何度目かもわからない衝突がありました。

 この頃にはもう父の気分がなんとなくわかるようになっていました。父の不機嫌を感じるや否や、つつけば面倒になるとわかっていましたから、私は部屋に籠っていました。

 しばらくすると、リビングから自分の名前を呼びつける声。決して穏やかな語調ではありません。すぐに応じるのも癪で、私はイヤホンをはめて聞こえないふりをしていました。

 やがて父は私の部屋のドアを蹴り開けました。「おいナメてんのか」と、お決まりの口癖を共にして。


 その日の怒りの要因が何だったのかは覚えていません。しかしながら、父の発作的なそれの大半は「お前は家事をやらない」というもので、父がいかに私によって負担を強いられているのかを、長々とまくし立てるのでした。この時も引き金もそんなところなんじゃないかと思います。

 高校生にもなると、私は反論することを半ばあきらめていました。

 それでも夜が更けるまで説教が続くと、さすがにうんざりしたものです。


「お前の言い分はないのか」

 父から何度もそう聞かれました。

「ないよ」

 あなたに何か言ったところで伝わるとも思えない。何も言うことはない。そんなニュアンスをこめながら、私も何度もそう返しました。

「それじゃあお前はこれからも家族としての役割を放棄するのか?」

 『家族』を壊したのは自分なのに、それに執着し続ける彼のことは、むしろ哀れにさえ思えました。

「お前は最低のクズだってことでいいんだな?」

 そう思いたいならそれでいいよ、と私は答えました。投げ飛ばされ、殴られました。

 何を言っても無駄だろうと思っていました。『家族』に向けるべき温かな感情など、とっくの昔に冷え切っていました。

 馬乗りになって押さえつけられるのも、頬を叩かれるのも、もう慣れっこのはずなのに、涙が出るのが悔しくて仕方ありませんでした。


「そこに座れ。お前にちゃんと話さなきゃいけないことがある」

 夜は更け切っていました。一刻も早く寝たかった私は、「明日友達と会う約束あるから手短にしてね」と、ありもしない約束をでっちあげました。こうすれば、次の日に家を空ける口実にもなるとも考えていました。

 うんざりでした。この後もどうせ、いつも通り「お前が態度を改めないなら親としての縁を切る」などと、果たしもしない約束をちらつかせたり、反省を促すだけだ。そう思っていました。


 その時父から出た言葉は、予想だにしないものでした。

「お前、妹いるぞ」

 一瞬、何を言っているのかわかりませんでした。

 妹? いるねえ妹。四つ下。あれ、違う?


 私は混乱していました。父はそのまま話を続けました。

 私たち家族の中では、表面上、父と母の間柄はただの別居という形になっていました。しかしながら、私や妹に内密のうちに、両者の間で離婚が成立していたようでした。(むしろ離婚していないのが不思議なぐらいだったので、このことに関しては「やっぱりそうだったのか」程度にしか思いませんでした)

 弟を連れて出ていった母は、その後再婚していたようでした。その再婚相手との間にも子供が生まれていたようで、その子供が件の『妹』でした。(色々と紛らわしいので、これ以降は下の妹を「Uちゃん」、ついでに弟を「Iくん」とします)

 Uちゃんは当時二歳。私の十四歳下の妹です。

 父はIくんについても「自分には身に覚えのないことだ」と言いました。曰く、Iくんも再婚相手との子供なのだろうと。


 父の言葉を受け止めきれないまま、なし崩し的に床に就きました。時刻は四時を回っていました。ありもしない約束を口にした手前、私は九時ごろには起きて家を出て、意味もなく電車に揺られていました。事実を消化するまでには、さすがにかなりの時間がかかりました。

 ぐちゃぐちゃした気持ちのまま、私はふらりと映画館に立ち寄りました。少しでも時間を潰すためでした。

 当時は『君の名は。』という映画が話題になり始めた頃でした。興味本位で見に行ったところ、周りの座席に座ったのは、上映中もポップコーンを食べさせ合っているカップルと、やたらとうるさい男子中学生の集団。

 これほど複雑な気持ちで映画を見たのは、後にも先にもないと思います。




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