16、経済力という呪縛
私はもともと、それほどマメな性格とは言えませんでした。授業の予習復習を欠かさない、というタイプでもなく、テスト前になってやっと必死になって勉強して、トップは取れないけれどまあまあのところで落ち着く。得意な科目はそれなりにできても、苦手な科目は極端にできない、という感じ。総合成績は文系の中で中位をうろうろしていました。
ただ、高校二年生にもなると、受験色の強い学校ということもあり、私も徐々に焦りを帯びてきました。
夏休み。自分の志望する大学のオープンキャンパスに行き、プリントに内容を記入するという宿題が出ました。当時私が志望していた大学までは、往復で三千円と少しの交通費が必要でした。
私は父に「オープンキャンパスに行きたいので交通費を出してほしい」と頼みました。父は「なんでそんなものに俺が金を出さなきゃいけないんだ」と眉をひそめました。私が理由を説明すると、「そんな宿題を出すお前の学校はおかしい」と、父は怒りを顕わにしました。
「皆が大学に行くという前提はおかしい。高卒で働く人を馬鹿にしてるだろ」
父の思いもよらない言葉に、私はきょとんとする他ありませんでした。大学進学率が五〇%程度だという話は、私も小耳に挟んだことがありました。しかしながら、今の論点はそこではないはずです。
「お前の周りに就職する奴はいないのか」と聞かれた時、思い当たるところのなかった私は、素直に「ない」と答えました。曲がりなりにも進学校だった私の学校では、大学進学を希望する人が大多数でした。「それはお前が世間を知らないだけだ」と一蹴されました。
「でも、うちの学校では進学する人が多いからさ」
なぜこんな宿題を出すのか、という問いにそう弁明すると、父は「それは何だ? 選民意識か?」「お前は学校に洗脳されている」「お前の学校の教師は頭がおかしい」と続けざまにまくしたてました。とはいえ、交通費は結局貰うことができました。「金の無心だけは一人前だな」と、大きな溜息とともに、乱暴に机の上に置かれる形で。
高校生になってからは、義務教育を抜けたことで、公立とはいえ学費がかかるようになりました。それに伴い、父にお金の話をされることも増えました。
「もう義務教育じゃないんだから金を出してやる義理はない」「お前の学費なんて止めようと思ったらいつでも止められる」「そんなに偉そうな態度をとれるなら俺の助力なしで生きてみろ」「受験費用も大学の学費も出さない」
こういった脅し文句が、父とぶつかるたびに毎回のようにあふれ出てきました。
経済的な話を盾にされると、アルバイトも学校により禁止されていた私は、何も言うことができませんでした。
うちは金がない、というのが父の口癖でした。食材の買い物をした後の2000円程度の要求にも「金は無限にあるわけじゃないんだから少しは考えて買えよ」と顔をしかめられました。言うほどすさまじく困窮していたわけではなく、父自身は趣味の自転車に十万単位で投資していました。(もっとも、それを指摘しても帰ってくるのは「俺が稼いだ金を自分で使って何が悪い」という言葉だけでした)
大学進学にも経済的な制約が課せられました。父が東京まで通勤していることや、父の姉、つまり私の伯母に当たる人が新幹線で通学していたことを持ち出し、「新幹線を使える距離までなら家から通え」と事あるごとに言われていました。また、「一人暮らしをさせてやるような金はない」という理由で、一人暮らしをするには、学費も生活費も全て自分で賄うことが条件になりました。私の志望校は必然的に関東圏に、ひいては家に縛られました。
下には妹もいたので、予約奨学金の手続きもしました。父が不機嫌でない時でも、「私立しか受からなかったら仕方ないけど、できれば国公立に行ってほしい」と言うことは絶えず言われていました。
どうせ家から出れないのなら、長い時間と高い交通費をかけて遠くに通うのが馬鹿らしくて、第一志望は後に地元の国立に変えました。それでもそれなりに勉強は必要だったので、塾なども行っていなかった私は、学校の課外授業などにも積極的に参加するようになりました。
大学進学がしたいのは自分なのだから、自分のための勉強なんだってことは、言われるまでもなくわかっていたけれど。家に負担を強いないために選んだ学校に入ろうと、ただただ必死になることが、次第に無力感を伴うようになりました。
私はなんのためにこんなことしているんだろう。
親のため? あんなに憎くて嫌いで逃げたいと思っていた父親のため?
そんな疑問が終始私の胸の中に渦巻くようになりました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます