第7話 サーシャの弱さ

「何だと?やんのか、リュカ。」

「問題児を取り締まるのも風紀委員の役割だからな。」

 まさに一触即発である。普段はこんなしゃべり方でも喧嘩っ早くもないサーシャだが、リーシャを前にすると突然、こんな姿を見せる。


「おやめください!お姉さま!リュカ!他の学生が見ていないとも限りません!」

「だったら表に出ればいいじゃないか。」

 とサーシャは言い返す。

 そういう問題じゃない。「三叉の槍トライデント・スピア」と「断罪フォトン・レイ」が衝突すれば一面、焼け野原である。


「それこそなりません。

 生徒会も風紀委員も三叉の槍トライデント・スピアであるあなたに、他の学生の模範となっていただきたいだけなんです。

 実技試験では優秀な成績をおさめているではありませんか、それに…」

「そーゆーのは!会長ユグドラシル様がやってくんねぇかな。私はあいにく、魔法しか取り柄がないんでね。」

 リーシャが何か言いかけた時に、サーシャがそれをさえぎるように大きな声で話す。


「とにかく、ここで騒ぎを起こすことがあってはなりません。

 その話はまた後日。日を改めていたしましょう。」

「多分、二度とやらねーけどな。」

 ぷいっと来た道を帰るサーシャ。

 会話にもこの場にも取り残されているのが私であった。

 

 結局、私は何も言えずにサーシャを追いかけようとすると、リーシャに引き止められる。

「すみません、ピッピさん。怖い思いをさせてしまって。」

「いえ、むしろサーシャのほうが悪いと思います。」

「それにつきましても、わたくしのほうが謝らなければなりません。

 平にご容赦を。」


「どうしてあなたたちは?」

 不仲とかそういった次元を超えてしまっていると思う。

 特殊な家庭事情でもあるのだろうか?そういえば、サーシャから家族の話はあまり聞いたことが無い。


「お姉さまがお話にならないのであれば、私からもお話できません。

 大変申し訳ありません。」

「何か、事情はあるようですけど、サーシャもリーシャもお互いに傷つけあうことだけは辞めてくださいね。あと、リュカもサーシャを過度に刺激しないこと。」

「うむ、面目ない。」

 リュカは渋々といった感じでうなずく。

 

「それじゃ、サーシャを見てきます。」

「よろしくお願いいたします。」

 そうして、私はリュカが向かったほうへと小走りで向う。


 少し走ったところで、サーシャは俯いて立っていた。こぶしを握り、肩を震わせていた。

「サーシャ。」

 私はやさしく声をかける。

「ピィ。」

 振り向いた姿は泣いていた。


「ごめんなさい、ピィ。嫌なところ見せちゃった。私、悪い子だ。」

「ううん、そんなことないよ。だから、泣き止んで。」

 私はそっとサーシャの肩を抱きしめる。その体はとても冷えていて、雨に降られた子犬の様にとても小さいもののように思えた。


「うわーん、ごめんなさいい。ピィ。」

 サーシャは幼い子供のように泣きじゃくった。

 理由は聞けないし、彼女を抱きしめることしかできなかったが、私はそれでよかった。

「ピィ!ピィ!ピィ!ごめんなさい!ごめんなさーい。」

「うん、よしよし。」

 そうして二人で肩を抱き合って、サーシャが泣き止む頃にはお昼休みは終わってしまっていた。


 結局、午後の講義はそろってサボることにした。

 良くないこととは分かっているけれども、ゆっくりとサーシャと話す時間が必要だと思った。

 ガシャン、と自動販売機が音を鳴らす。

「はい、あったかいミルクティー。好きでしょ?」

「うん。ありがとう、ピィ。」

「まだ、顔に鼻水つけたまんまじゃない。はい、拭いてあげるから顔こっち向けて。」

「んー。」と、彼女は顔をこちらに向ける。

 私は取り出したハンカチで、それを少しだけ乱暴にぬぐってやる。


「ねぇ、ピィ。」

 顔を拭かれながら私に話しかける。

「どうしたの、サーシャ。」

「理由は聞かないでいてくれるんだね。」

 彼女はポツリと言った。


リーシャとあんな関係なのとか。」

「それはね、サーシャを信じてるからよ。」

「それって。」

「いつかは話してくれるんでしょう?それが遅いか早いか程度の問題よ。終末ラグナロックまでにその話を聞かせてくれれば、私はそれでいいわ。」

 と、柄にも無い冗談で場を和ませようとする。


「ははっ、知識魔法大全ラグナロック・アーツだけにね。うん、それまでちょっとだけ待っててね。」

 そういったサーシャの顔は少しだけ、前を向いていたような気がしていた。

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