第8話 レイヴンとの邂逅(序)

「それで、レイヴン?って人にはいつ会うの?」


 少しばかり元気を取り戻したサーシャが私に問いかける。

「シンドラー先生がその場で電話してくださってね。

 明日には会う事になるんだけど…。ちょっと不安でね。」

「おや、知識魔法大全ラグナロック・アーツともあろうお方が珍しい。」

「もう、茶化さないで聞いてよ。シンドラー先生が『卒論研究のために学生を一人派遣したい。』って言ったら、レイヴンさんなんていったと思う?」

「そりゃ、魔法鍛冶師なんてひねくれてるような奴ばっかりでしょ。

 ロクに研究もさせてくれないんじゃない?」

 サーシャの魔法鍛冶師に対する偏見もはなはだしいが、特に言及しない。


「それがね、たった一言。『使える奴をよこせよ。』だって。」

「なーんだ、それならピィは大丈夫!なんたって、この学園一使える奴だ!」

「それは、まぁ、知識だけは使えるかもしれないけど。座学で学んだことと、実際の現場で活かされる経験なんて天と地ほどの差もあるじゃない。」

 実際に私が魔法鍛冶のことについて知っていることは多くない。よくて、シンドラー先生から聞きかじった程度の知識だ。


しかし、サーシャはそんな私を励ますように声をかけてくれる。

「じゃあ、ピィはその天と地の差を埋めにいくわけだ!

 いやー、これは本当に終末戦争ラグナロックが始まるかもしれないぞー。」

「もう、サーシャったら。」

 やっぱり、茶化してばかりのサーシャだったけれど、それは彼女らしいささやかな気遣いであることに気づかないほど私は鈍感ではなかった。


「ありがとね、サーシャ。」

「ううん、こっちこそ今日はありがとう。私も卒論に向けて何か始めなきゃなー。」

「お、珍しくサーシャがやる気になってる。こりゃ、明日は雪が降るなー。」

「お望みとあれば、ニブルヘイム打っちゃうけど?」

「冗談だってば。ふふふ。」

 本来ならそう簡単に発動できない氷雪系広範囲最強魔法を、挨拶代わりと言わんばかりに発動しようとする彼女を見て、「やっぱり私の友達はすごいな。」と、感心するのであった。


 だが、この時の私は知る由もなかった。今までの生活が一変するほどの出来事に、明日遭遇することになるとは。


 ―明くる日

「荷物の準備は出来た。法衣ローブもオーケー。馬車の手配も出来てる。」

 私は口に出しながら、何度目かの確認作業を終える。

 今日はいつもの制服ではなく、魔法に携わるものの正装―法衣ローブ―に着替えている。ギルドに所属する魔術師もこれを着ているほど由緒正しきもので、とりあえずこれを着ておけば間違いは無いだろう。という結論に至った。

 荷物も気持ち少なめにし、レイヴンさんの居る鍛冶工房まで連れて行ってくれる個人馬車も手配しているので、準備は完了している。

 している…のだが、なんだか落ち着くことが出来ず、何度も何度も荷物や服装、経路の確認をしているのだった。


「ピッピちゃーん、馬車の方来られたわよー。」

 1階のリビングから母親の声が聞こえてくる。

「はーい、すぐ行くー。」と、すぐさま自室を出て1階へ降りる。

「今日は魔法鍛冶の人に会いに行くのよね。先方に失礼の無いようにね。」

 母に念を押され、「分かってるよ。」とだけ返事をし、馬車に乗り込む。

「行ってらっしゃーい」

「行ってきまーす」


 なんとも無いこの挨拶がまさか、二度と交わされぬことになるなんて誰が想像つくだろうか。

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