第2話 それはまるで空のように。
ぷちん。ぷちん――。
何の音かと思ったら。
ころんとしたドングリが地面へと落ちる音。
花山優香は、ぼんやりと空を眺めながらその音を聞いていた。
ベンチの下をのぞいてみると、可愛らしいドングリが沢山落ちている。
――季節だね。ぽつんとつぶやいたその表情は、暗い。
赤い葉をつけた木々の向こうに、青い空が広がっている。
仕事は順調で、新しい企画も好評だ。
なのになぜ、私の心には晴れ間が広がらないの。
視線をあげると、イーゼルに立てかけられた黒板が目に入る。
☆新色入荷しました☆もれなく特典ついてきます☆
ちょっと見てみよう。
木目調の扉を開くと、カランとベルが鳴る。
「え」
目の前には格子柄のこたつ。
それを白い人達が囲んでいる。
真ん中には湯気の立つ土鍋。
あれ……お店を間違えた?
後ずさりをしながら退店しようとすると、白い人が振り向いた。涼し気な目元をした男性だった。なぜか全身は白タイツに包まれ頭には、白く四角いかぶりものをしているが、これがこの店のコンセプトなのかもしれない。
「ちょうどランチタイムです。ご一緒にいかがです?」
「はあ」
にこやかな笑顔の四人の胸元にそれぞれ「きぬ」「もめん」「そふと」「おぼろ」の文字が見えた。もしかして豆腐……。
案内されるままにこたつへ足を入れるとじんわりとした温かさが伝わってくる。
差し出された丸い器には、湯豆腐が入っていた。
トゥルンとした口当たりがとても、とても優しい。
「きっと似合う!」
背後から不意に浴びせられた甲高い声にぎょっとして振り向くと、「そふと」の手には美しい色のコートがかけられていた。
惹かれるままに手に取ってみる。淡いブルーのコートは驚くほど軽く手触りが良い。袖を通してみると、お日様の香りがした。
フード付きなんだ。
ぱさっと被ってみるとあれ? 丸く黒い瞳が鏡越しに見詰めてくる。え、インコみたいで可愛い。価格を確認しようと袖口のタグを見てみると。
〇色柄・マメルリハブルー
〇特典・ハレワタルアルネ
〇価格・―――――――。
なにこれ。でも……好きかも。
ポケットから財布を取り出すと、「もめん」にすっと優しく押し返された。と思った時には鏡のような板が差し出される。よくみると、人の手形になっている。私はそっと右手を置いた。
「お支払いは、あなたの無理を重ねた心です」
「私の……無理を重ねた心……」
すっと目を閉じて重ねてきた日々を振り返り、胸に浮かぶ疲弊した心を手の平に乗せた。
「ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」
「あの」
「なんでしょう」
「どうして豆腐なんですか」
「世界を救うのは案外、豆腐メンタルですから」
新しいコートを身につけた花山優香の表情に暗さは見られない。口元に柔らかな笑顔を浮かべるその頭部には、小さなお日様が楽し気な様子でぴかりぴかり輝いている。その心は晴れ渡っていた。
本人は、気付いてないらしい――のだが。
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