街の洋服屋さん。
糸乃 空
第1話 それはまるで羽のように。
高いビルの間を、木枯らしが吹き抜けた。
風に舞う落ち葉が、アスファルトの上を転がり道を渡る。
田宮修一郎はうつむき、肩をすぼめて歩いていた。
今日のプレゼンは難なく成功のはずだった。だがその後の質疑応答において、心無い批判につい感情的になってしまったことが悔やまれる。
もっと冷静に対応するべきだったか。
――それにしても寒いな。
ふと顔を上げると、イーゼルに立てかけられた黒板の文字が目にとまる。
☆暖かい冬物入荷しました☆もれなく特典付いてきます☆
暖かい服か……。
木目調の扉を開けると、カランとベルが鳴る。
店内へずらりと並んだ布の色彩が暖かい。一番近いところにあったコートを手にとってみた。
グレーを基調としたフード付きのコートは驚くほど軽い。価格を確かめようとタグをめくった。
○色柄・オカメインコ
○特典・トサカタツネ
○価格・――――――。
なんだこれは。
説明を求めようと店内を見回すも、店員らしき姿は見られない。まあいい、先に試着してみるか。
鏡の前へ立ち、そっと袖を通してみる。柔らかい質感が心地良かった。ついでにフードもかぶってみよう。
なるほど……鏡を見ると、円らな瞳がこちらを見詰めている。着ぐるみもどきのコートなのか。それにしても黄色いくちばしが愛らしい。そのまま両手を横に広げてみると、翼を広げたオカメインコのようだった。
「ふ……」
その少し滑稽とも言える立ち姿に、思わず笑みがこぼれてしまう。
「お目が高い!」
不意に浴びせられた甲高い声にぎょっとして振り向くと、銀髪をサラリと揺らす可愛らしい女性が立っていた。なぜか、全身が魚の着ぐるみ姿なのだが、これがこの店のコンセプトなのだろう。頭頂部から、光るアンテナのようなものがゆらゆらしている。もしかしたらチョウチンアンコウなのか?
「お気に召したようで何よりでございます」
「え、ああ、まあ」
「ではお会計を」
慌てて財布を取り出すと、店員は口元でチッチと指を左右に動かしている。
なんだ?
と思った時には、目の前にさっと鏡のような板が差し出された。よくみると、人の手形になっている。僕はそっと右手を置いた。
「お支払いは、本日のお客様の悲しみです」
「僕の、悲しみ……」
すっと目を閉じて今日という日を振り返り、胸に浮かぶ悲しみを手の平に乗せた。
「ありがとうございました、またのご来店をお待ちしております」
「あの」
「なんでしょう」
「どうして、チョウチンアンコウなのですか」
「お鍋の季節ですから」
新しいコートを身に着けた田宮修一郎は、顔をあげて歩いていた。もう俯いてはいない。その足取りは軽く、鼻歌まで口ずさんでいた。
その頭部では、時折楽し気にぴょこぴょことトサカが立っているのが見える。
本人は、気付いてないらしい――のだが。
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