第53話 それから。
そして勇者カンジは、瀕死の状態だったチドリも、そのままあっさりと治してしまった。
回復魔法によって。
あの魔群を一撃で倒した攻撃魔法と同様、通常の魔法の効果を遙かに超えた威力といえた。
いっそ、非常識な、といってしまいたくなるほどに。
それだけ高い効果がある魔法を使用しようとすれば、膨大な魔力が必要となる。
必要な魔力だけではなく、その魔力に耐え、制御する能力も必要なはずだ。
そのどちらの要素を取ってみても、普通の人間の域をとっくに逸脱していた。
勇者。
このカンジという男は、そう名乗った。
ニホンゴだ。
どういういわれがある呼び名なのか、実はオレもよく知らない。
ユウシャたちが自分の境遇を現す名称としてその呼称を用いていて、それが自然と定着した。
いつだったか、トダが遠見の秘蹟によって把握した、「本物の勇者」とは、おそらくはこのカンジのことなのだろう。
カンジのような存在が、そこいらに普通に存在していたら、オレたちもここまで苦労はしていないはずだった。
「勇者が来たぞー!」
回復したチドリは、その場で地面に横たわったまま大きくのびをして、一度大きく深呼吸をしてから、唐突に大きな声で叫ぶ。
「かけがえなし、本物の勇者だー!
わたしたちは、助かったよー!」
もちろん、チドリは、その場にいたオレとカンジにいったわけではない。
伝達の秘蹟によって、その内容をジガノの連中に伝えたのだ。
「たった二人であるにせよ」
カンジは、オレを背負ってジガノまで運ぶ途中で、そんなことをいった。
「助けることができてよかったよ。
いつもは、その、間に合わないことの方が、圧倒的に多いんだ」
そういうカンジの声には、疲労と、それにある種の苦悩が滲んでいるように思えた。
カンジのような勇者でさえも、すべてを救うことはできない。
それどころか、手遅れになる方が多い。
その事実を、オレは噛みしめる。
オレたちは、運がよかったんだ。
どんなに強力、強大な能力を持ってしても、この大地の隅々まで、一瞬にして救うことはできないだろう。
少し考えてみればわかるが、カンジがいくら強くとも、その体はたったひとつしかない。
できることよりも、できないことの方が遙かに多いのだった。
「それは、カンジの責任ではない」
オレは、疲れで掠れた声で、そういった。
カンジの回復魔法も、単なる疲労にはまるで効果がなかった。
「そうれは、そうなんだけどね」
カンジは、そういってどうやら、薄く笑ったらしい。
「だけど、もっと巧いやりようはなかったのか。
そう考えることは、いつまでも止められないんだ」
本物の勇者にも、それなりの悩みは尽きないらしかった。
これもまた、当然のことだ。
なにしろカンジは、勇者であるとはいえ、一人の生身の人間に過ぎなかった。
勇者カンジの到着によって、オレたちは救われた。
つまり、ジガノの町で生き延びていた連中は。
カンジは、魔群どもを片っ端から駆逐するための旅の途上であったらしい。
ジガノを襲い、そしてユウシャたちを絶滅に追い込んだあの巨大な魔群も、どうも実はカンジから逃げていく途中だったようだ。
その進路上に、たまたまジガノの町が存在した。
それが、真相であったらしい。
その証拠に、それ以降、ジガノが魔群に襲われることはなかった。
ジガノも、他の多くの都市と同様に、カンジが魔群を駆逐し尽くし、安全な場所の範囲に入ったのだ。
カンジはといえば、オレとチカゲをジガノに送り届けた後、そのまますぐに姿を消した。
「まだまだ、仕事が残っているから」
と、そうとのみ、いい残して。
カンジの仕事とは、つまりは魔群を駆逐することであり、カンジが歩みを止めれば、それだけ助かる人間の数が減るわけだった。
来た時と同様に、カンジはふいと去ってしまった。
そろそろ、書き記すべき内容も少なくなってきた。
その後のことについていくつか記して、筆を置くことにしよう。
ジガノは、それなりに障害はあったものの、相応の時間をかけて復興していった。
魔群の存在さえなければ、それなりに豊かな町でもあるのだ。
あの災厄を生き残った人たちは、ある時は反発し、ある時は協力し合って、どうにかこの災禍をやり過ごした。
まあ、いつもの人間の営為だと、そう思って貰って間違いはない。
汚いことや醜いこともそれなりにあったが、オレたちはどうにかやってのけた。
ジガノの町が落ち着いてくると、オレはチカゲやジガノで生き残っていたミオらと協力して吸魂管の製造を開始し、可能な限りあの時に散っていったユウシャたちの魂を回収するように努めた。
それがオレの仕事だったからだ。
ただ、吸魂管を用意するまで、時間が経ちすぎたせいか、それとも他の理由でか、常に成功するとは限らなかった。
十分な数の吸魂管が用意できてからも、あの時に死亡したユウシャのうち、半分も生き返らせることができなかった。
タマキ神官長、カガ神官長、トリイ、シライ、ハジメ、トダ、カドタ。
その他、大勢のユウシャたちが原因不明のまま、いまだに生き返らせることができないでいる。
このことについて、オレとしては忸怩たる思いも感じていたが、同時に、やれることはすべてやった、とも思っている。
このユウシャを生還させる事業について、ジガノの内部では、実は反発が多かった。
なんで今になって、そんな過去のことをほじくり返すのだ。
ユウシャとはつまり、異界の死者を使役する、不吉な術式ではないか。
そんなことに時間や予算をつぎ込むよりは、もっと復興に力を注ぐべきではないか、など。
その当時、ジガノにいた者の中でベッデル出身者の割合は低く、ベッデルの出身者以外からは、ユウシャの仕組み自体がなにか不浄な存在に思えたらしい。
そうした押しのけて、オレはその事業を完遂した。
そうすることが、オレの仕事であり、犠牲になったユウシャたちに対するオレなりの返礼であると思ったからだ。
ただ、その事業をやり遂げるためには、当初オレが想像していた以上の時間が必要だった。
そんなことをしながらオレは、いや、わたしは、ジガノの町で成長し、結婚し、子どもも何人か産んだ。
わたしはユウシャでも勇者でもなく、ごく普通の人間、ごく普通の女性になった。
ときおり、カンジの噂がジガノにも届いてきた。
いわく、ついに、完全に魔群を駆逐し終わった、とか、元の世界に帰還したとか、かと思えば、またこちらに帰って来たとか。
なにぶん、カンジが活動している地域は遙かに遠く、ジガノからは航路の果てにあたるので、それらの噂がどこまで本当なのか、それとも無責任な噂であるのか、判断することはできない。
ただ、あのカンジであれば、どんな状況でもしぶとく生き抜いて、自分の流儀を押し通すのではないか、とは思った。
ミオは、回復師として生計を立てながら、一人でハジメの子どもを育てあげた。
先日、そのミオとハジメの娘も、ジガノから離れた町に嫁いでいった。
チカゲは、途中まで吸魂管を製造する事業を手伝ってくれたが、いつの間にか姿を消していた。
チカゲだけではなく、あれから生き返ったユウシャたちも、そのほとんどはジガノから姿を消している。
彼ら、ユウシャたちにとって、このジガノの町は、あまりにも生々しい記憶を刺激する場所でもあるのだろう。
ユウシャ以外の人たちは、そもそもユウシャなど最初から存在していなかったかのように、急速に忘却していった。
時の流れ、とは、そういうものなのだろう。
なにしろ今では、あれほど猖獗を極めた魔群の災禍でさえ、単なる昔語りになっている。
若い者たちの中では、そんなことがあったことさえ知らない者が大勢を占めていた。
ユウシャも魔群も、今ではすでに歴史書の中にひっそりと記述されているだけの存在にまでなってしまっていた。
しかし、わたし、タマキ神官長の娘、盗賊のユイヒは今でもはおぼえている。
ありありと、当時のことを語ることができる。
そう思い、この手記をここまで記してきた。
この行為にどこまでの意味があるのか、それともないのか。
それを判断することは、わたしにはできない。
だが、ユウシャたちは確かにいたのだ。
この大地の上に、他の人間たちに混ざり、生活し、ともに泣き、ともに笑い、ともに死んでいった。
他の誰からが彼らの存在を否定しようとも、わたしはそう主張し続ける。
わたしかつて、彼らユウシャたちの魂を回収し、神殿で生き返らせることを仕事としていた、と。
〔了〕
死亡したユウシャの魂を神殿に運ぶだけの簡単なお仕事です。 肉球工房(=`ω´=) @noraneko
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