第8話 3-1

 「辛いとき…そばにいてくれたのは彼だった」


 アレンは目の前の彼女が発した言葉の意味が理解できなかった。


 「…な……ぜ」

 君は私とのに。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 今世の私はアレンとして、平民の一般家庭として生まれた。

 これまでと違い、負う責任も立場もないので、純粋に子供時代を過ごしたのは初めてで、何だかんだ充実した日々を送っていた。


 13歳になり王都の学園へ入学すると、アレンはそこで前世のクロエ、今世はパルミラと名乗る女性に出会った。

 

 (やっと見つけた…)


 そう安堵したのも束の間、彼女の隣に知らない男がいることに気づいた。

 仲良さそうに歩く二人の姿にアレンは戸惑い、すぐに声をかけることが出来なかった。

 

 (記憶が…ない…?)


 それでも約束したのだ。きっと私の顔を見れば彼女だって。

 しかし、すぐにそれは間違いだと気づいた。パルミラはアレンを視界にとらえると僅かに目を見開いただけで、何事もなかったかのように隣の男に微笑むと、その場を後にした。


 「なんっ…で」

 あの表情は間違いなく記憶がある。なのに彼女は──


 話を聞きたいが、基本的に彼らは二人でいるから、中々話しかける機会がない。

 それでも様子を伺い、何とか彼女が一人になったタイミングで裏庭に呼び出した。


 「アリア…だろ?」

 一番最初の前世での名前に、彼女の肩がピクリと反応する。

 「やっぱり記憶があるんだろ?」

 「…っ…だったら何?」

 「何って…」

 思っていた反応と違い、アレンは困惑した。


 「過去…それも前世のことよ?今さら持ち出されても「約束しただろ!」…っ」

 彼女の言葉に被せるように、前世の約束を持ち出すと、パルミラは胸の前で両手を握りしめ俯いた。


 「来世でも一緒になろうって…覚えててくれたんだよね?」

 「……さ…い」

 「…え?」

 「うるさいっ!一番辛かったとき!助けを求めたとき!貴方は側にいなかったじゃない!」

 顔を上げたパルミラの表情は怒りに満ちていた。


 「な…に…」

 「両親がいなくなって辛い時に側にいたのは貴方じゃない!困ってる時に助けてくれたのは貴方じゃない!」

 「それは…」

 彼女の言葉に何て返せばいいのか。知らなかったから仕方がない。仕方がないのだけれども。


 「いつも私を支えてくれたのは…彼、キリクよ」

 キリク…あの男か。

 「辛いとき…そばにいてくれたのは彼だった…貴方じゃない。私は過去の約束よりも、いつも寄り添ってくれる彼を選ぶわ。キリクが好きなのよ」


 アレンは目の前の彼女が発した言葉の意味が理解できなかった。

 だってエマリアにも誓ったのだ。絶対に彼女と結ばれるって。


 「そんなの認められない…」

 「認める認めないの問題じゃないの。今世は貴方と私には縁がなかった。それだけの話よ」

 そう言うと、パルミラは呆然と立ちすくむアレンを置いて去っていった。


 「………い……認められない!そうでないと…そうでないとが無駄になってしまうじゃないか!」

 

 過去は変えられない。ならば現在の彼女の想いを変えればいい。アレンはパルミラに好きになって貰うよう行動を始めた─・・・



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 バキッ


 頬への衝撃と共に、アレンの体は地面に倒れた。

 彼を殴った男─キリク─は、心配そうに様子を伺っていたパルミラを抱き締めると、もう大丈夫だと安心させるように優しく背を撫でる。

 その様子を、痛みに耐えながら見ていたアレクは、今世の彼女と自分の人生が、交わる可能性がないことを認めざるを得なかった。


 気づけば二人はいなくなり、痛みに体を起こせないアレクは、嫌みなぐらい天気のいい空を眺めながら、頬を伝う涙を拭えないでいた。


 これまでは、彼女と結ばれてきた。世界は違えど、選ばれるのは自分だと思っていた。

 記憶がなくても、心のどこかで、彼女も自分を求めて待っていてくれているものだと。現実はどうだ。


 「ふ…ふふふ…ははは」

 あんなに固執していた結果がこの様か。情けなさに笑いが溢れる。




 「…大丈夫ですか」

 

 突如掛けられた声の方を向くと、アレンは驚きで目を見開いた。




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変わらぬ想い、変わる愛~君の小指に捧げる愛~≪旧題:覚えているのは自分だけ≫ @callas

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