26.早朝の帰還
翌朝、太陽が昇った頃。
リトはげっそりとした顔でリズの宿屋に戻ることができた。
カミルは言葉通り早朝に解放してくれたものの、やはり夜が明けるまで手錠を外してくれなかった。
おまけに治療のためだという名目で服も破られてしまったし。もともと、獣の牙で裂けてボロボロだったからあのままでは帰ることもできなかったが。
上半身を何も着ずに外を出歩くのは問題だ。旅に同行している仲間の中にはルベルやルティリスという年頃の娘がいるのだし。
仕方ないので、仮眠室のロッカーにあった予備のシャツと白衣を拝借してきた。
所員の中で使うのはライズくらいなものだから、勝手に持ち出しても大丈夫だろう。
「大丈夫でしたか? ご主人様」
部屋の扉を開けるとロッシェが待っていた。
彼の眉を寄せた固い表情から、リトを心配していたのは明らかで。
言い訳をしばらく考えたものの思いつかず、闇色の目をそらしつつ正直に言った。
「……あまり大丈夫とも言えないな」
「一体、何があったんですか?」
リトは本気で返答に困った。そっくりそのまま昨夜の出来事を話したくなかった。いや、それどころか言葉にしたくなかったし、ロッシェには知られたくなかった。
「聞かない方がいいと思うぞ」
「……じゃあ、聞きません。今は大丈夫ですか?」
「身体は治してもらったから楽にはなったが、色んな意味で疲れた」
気怠い気分が抜けないし、精神的にきつかった。それに独りになって、リトはこれからのことを考えたかった。
「では、何か食べますか?」
その問いかけを聞いて、リトはロッシェの紺碧の目を見返した。
朝ごはんの準備を手伝っていると戻ってきたリトが姿を見せ、途端にルティリスは金毛の耳を跳ね上げた。
「リトさん、おかえりなさい」
戻ってきたリトはいつものシャツとベストという、ルティリスにとって見慣れた出で立ちではなかった。鴉のような黒の長衣もなく、袖に通している白衣が物珍しく感じた。
「ただいま、ルティ。遅くなってすまなかったね」
昨日より幾分か顔色がよくなったリトは、変わらず柔らかい笑みを狐の少女に向けていた。治療に時間がかかって遅くなったのかも、と考えることにする。
とにかく、無事でよかった。
「それにしても、白衣を着たリトは新鮮ですね」
椅子に腰をかけていたセロアがにこにこと笑って言った。途端に、黒髪の
「似合わないと言いたいんだろう、セロア」
「そんなことないですよ?」
緑色の目を和ませるセロア。重い息を吐き出して、リトは淡々と言った。
「自分に白衣が似合わないことは俺自身がよく分かっている」
賢者は穏やかに微笑んだまま何も返さなかった。ルティリスは椅子をリトにすすめ、座ってもらうと笑顔で話しかけた。
「リトさん、昨日お手紙がきたんです」
「手紙?」
狐の少女はこくりと頷く。そして、一枚の便箋を見せた。
「リトさんが昨日会ったカミルさんという人からのお手紙なんですけど……」
これ以上どう言ったらいいか分からなくて、口をつぐむ。リトはわずかに表情を固くさせると、ルティリスから便箋を受け取り、目を通した。
所長は預かった。
心配せずに朝まで待て。
カミル=シャドール
読み終わった瞬間、リトは脱力した。黒の前髪を右手でかき上げて、ため息をつく。
「余計に心配するだろうが。わざと書いたな、あの名誉顧問め」
「でも、本当にリトさんが帰ってきて良かったです」
数日振りにリトに会えたからか、ルティリスは嬉しかった。心配で心が塞いでいたし、もう何年も会えなかったような気がしていたのだ。彼女の感情に伴い、金色の尻尾がゆっくりと揺れる。
「悪いかったね、ルティ。昨日はああ言ったのに」
「大丈夫です」
オレンジ色の目を和め、ルティリスはふんわりと微笑む。
救出のため、屋敷に入り込んだ時のリトは痛々しくて、とても悲しかった。
初めて見る
肩口からは少し血が出ていたし、人の姿に戻った時はもっと酷くて。シャツとベストは引き裂かれて血で汚れていた。歩くのがままならないほどの怪我に、ずっと心が痛かった。
「リトさんがこうして元気に帰ってきたから、それでいいんです」
目を丸くしてリトはルティを見て、すぐに黒い瞳を和ませた。
なぜか、彼の表情は泣きそうだった。
「そう言ってもらえると嬉しいよ、ルティ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます