23.開発部の名誉顧問(上)

 王立魔術具マジックツール開発部の名誉顧問カミル=シャドールは白い髪の魔族ジェマだった。リトとライズを見据えてくる双眸は血のような深紅。足元まである白を基調としたローブに身を包み、音もなく彼は仮眠室の入口に立っていた。


「何か用かね? いや、むしろ何の騒ぎだね?」


 ロッシェとルティを帰した後、通信じゅで連絡を取ると、開発部の名誉顧問はすぐに現れた。

 仮眠室のベッドに腰を下ろしていたリトは、白い魔族ジェマの姿を見るとすぐに立ち上がった。


「少し訳ありで危険な目に遭ってライズを巻き込んでしまったんだが、なんとか抜け出してきた。そこまでは良かったんだが、俺ではこの手錠が外せなくてな。カミル様、外してくれないか?」


 口ではライズに任せると言ったものの、上司であるリトがやはりカミルに頭を下げるべきだろう。

 名誉顧問はリトに目を向けると、ゆっくりと口許を緩めた。


「ほう、それは所長の作った手錠だろう。外し方が分からないのか?」

「使用者が俺じゃないから、外せないんだ」


 皮肉に近い問いかけにはあえて触れず、リトは冷静な表情で答える。


 他人のことを言える立場ではないが、この名誉顧問こそ滅多に研究室に顔を出さないくせに、なぜ手錠の開発者を知っているのか。

 そもそもリト自身が開発したのだから、外し方が分かるはずだとカミルも予測しているだろうに。


「そうだろうな。まあ、いい。それくらい造作もないことだ」


 カミルは案外あっさりと引き受けてくれた。


 これで魔法封じの手錠も外れる。すぐにルティリス達のもとに戻れるだろう。


「すまないな。助かる」

「どれ、見せてみろ」


 リトは自分の手首をつないでいる手錠を見せた。鎖は【本性変化トランストゥルース】した時に力まかせに千切ったので、短くなっていた。


「ふぅん。なるほど。それにしても、おまえたち酷い有様だな」


 名誉顧問がそう言ったのは当然だった。

 リトは最初の日に炎狼フレイムウルフの襲撃によってシャツもベストも裂けていたし、ライズに至ってはズボンも白衣も血だらけだった。


 リトはソファに沈んでいる月色の魔族ジェマを一瞥する。


「ライズの方が重傷だ」

「そのようだね。ひとまず傷を塞ごうか」


 たしかに、傷の手当ての方が優先事項か。ライズの肩口からはまだ出血し続けている。早く血を止めてやった方がいいに違いない。

 部屋の中へ入ってソファへと歩み寄る寸前、白い髪の魔族ジェマはリトに言った。


「所長はそこで待っていろ」






 ベッドに再び座り、リトは横目でカミルとライズのやり取りを聞いていた。


「綺麗な顔に傷をつけるなと言っただろう」


 白い手でライズの頬をゆっくりと撫でているのが見える。

 どういうシチュエーションで治しているのだ、名誉顧問。リトは敢えて口に出さず、心の中だけで押しとどめた。

 思わず、深いため息をつく。


「オレ、別にキレイじゃないですよー。魔族ジェマだったらみんなキレイじゃないですか」

「ならば訂正しようか。私好みの顔に傷をつけるな」


 ロッシェやルティリスがこの場にいたなら、きっと思いきり引いていただろう。しかしリトは平然とした顔で聞き流していた。


 カミルに限らず、ティスティルの貴族の中には男色家は多く、あまり珍しいことではない。公の貴族間交流の場で、リト自身もよく話題に振られるため、自然と聞き流すスキルを身に着けていた。


 そういえば、とリトは逡巡する。風の噂を耳に挟んだことがある。


 いつも決まって三日に一度ほど、カミルは研究所に顔を出す。よほどライズを気に入っているのか、名誉顧問はよく彼に話しかけて近付き、最後にはこの仮眠室に連連れ立って入っていくのだ。

 リトは全く興味がなかったので知ろうとも思っていなかったが、たまに出勤した時に所員達が口ぐちに話す噂を偶然耳にした。


 ライズは仮眠室で、カミルの慰みものになっているかもしれない、と。


 もっとも、リトはそれが真実だとしても、横やりを入れるつもりはなかった。むしろ、ライズはカミルのお気に入りという事実を利用して、予算の不正や素材の着服で彼と対立した時にはこっそり通信じゅを使ってカミルを呼び出すことで、ライズを追い出すという悪巧みまで働いていた。


「そんなこと言ったって、オレだって好きで殴られたわけじゃないですよぅ」

「そうだな。私の所有物に手を出すような輩は、仕返しに私が魔獣の巣窟へ放り込んでやろうか?」


 薄笑いと共に、物騒な言葉が出てきた。カミルならやりかねないと、リトの心臓が冷える。それはライズも同じだった。


「いや、それはちょっと……。オレ大丈夫ですから、犯罪紛いなことはやめてください」


 それはどこかで聞いた覚えのあるセリフのような気がした。

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