22.研究所へ

 結局のところ、ライズもリトも手錠によって魔力を封じられているために、研究所には徒歩で行くという方法しか取れなかった。


 怪我で足を動けなかったライズを最初はロッシェが運んでいく話になったのだが、遠くまで満身創痍のリトが一人で歩くことは難しかった。

 それでロッシェがリトに肩を貸しながら一緒に移動することになった。

 そして、自然の流れで、ルティリスがライズを運ぶことになったのだった。


「そんなルティちゃんに運ばれたらオレが所長に殺されますよー」

「大丈夫です、ライズさん。わたし、こう見えて力持ちですから!」


 全く意味が通じていない返答にライズは困ったような顔をしたが、ルティリスはお構いなしでひょいっと軽々と背負った。


 もともと獣人族ナーウェアの彼女は、村で力仕事もよくしており、少女にしては腕の力が強い方だった。小柄な男一人くらいの重さはなんともないのだ。

 取り柄なんて力仕事や弓くらいだと常々思っていたルティリスは、誰かの役に立てるのが嬉しかった。突っ立ったままのロッシェとリトの方へ振り返ると、満面の笑みで言った。


「さあ、行きましょう」






 宿場街リズと帝都はそれほど離れてはいないという話だったが、移動方法が徒歩だけにルティリスが思っていたよりも時間がかかった。

 それでも、暗くなる前にたどり着けただけでもよしとするべきなのかもしれない。


 表ではなく裏口から入ると、たくさんのデスクが置かれている広い部屋に行き着いた。リトの話によると、普段は所員達が使っている研究室ということだ。そこでリトは力尽きて座り込んだ。

 慣れ親しんだ研究所に到着すると安心したのか、三日間ほとんど食べ物を口にしていなくて空腹だと訴えたリトとライズに食事をさせることになり、それから数時間。


 外はすでに夜になっていた。


「俺はデスクにある通信珠で連絡を取ってくる。おまえはどうする?」


 所長室というプレートがかかっているドアの取っ手に触れながら、リトはロッシェを振り返って尋ねる。思わずルティリスも彼を見上げた。


「じゃあ、僕は戻りますよ。あの人には会いたくありませんしね」

「それならルティも連れて帰ってくれ」


 すでにライズは体力的に限界なのか、仮眠室と掲げられた一室のソファに沈んでいた。彼はもともと虚弱体質だというから大丈夫なのか心配だったが、医者ではないルティリスが気にしても何かができるわけでもない。


「ご主人様、おひとりで大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だろ。あの人は普段から俺に興味はないからな。さっさと手錠を外してもらって、すぐに【瞬間移動テレポート】で戻るつもりだ」


 それなら、とロッシェは納得したようだった。

 次にリトは、闇色の両目を狐の少女に向けて、和ませる。


「ルティ、これを外してもらったらすぐに戻るよ」

「本当ですか?」


 不安な感情にあわせて、金毛の耳と尾を下げる。


 これから会うという白き賢者という人は、どんな人物なのかちっとも分からない。ロッシェに聞いてもあまり語りたがらなかったし、もしかして悪いひとだったりするんだろうか。

 また、帰ってこなかったらどうしよう。


 そっと、ルティリスはリトを見上げた。オレンジ色の瞳が揺れる。


「うん、本当だよ。今度こそ、必ず帰るから」


 頷いて、リトは穏やかに笑った。その黒い瞳にはやわらかい光が宿っていて、以前とはどこか違って見える。

 もしかして、知らない間に彼も変わったのだろうか。足手まといな自分を変えたいと思っていた、ルティリスのように。


 それならば、誰よりもリトの言葉を自分が信じてあげなくてはいけない。

 ピンときんいろの耳をはね上げ、ルティリスは元気よく頷いた。


 きっと、今度は大丈夫。すぐに帰ってくる。

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