20.事件の収束

「所長、何もったいないことしてるんですかー!」


 部屋に響き渡るほど、ライズの怒号が響いた。

 ルティリスは目を丸くし、ロッシェは一瞬だけ目を丸くした。


「指輪を分解すれば、それで済む話じゃないですか。研究所の素材を勝手に着服しといて、無駄なことしないでください!」


 先ほどまでの弱々しい姿はどこへいってしまったのやら。

 立て続けに並べる正論の嵐を表情ひとつ変えずに聞くリトの隣で、ロッシェは目を瞬かせる。


「この方が手っ取り早いだろう。俺はこれ以上あんなヤバい奴に関わりたくはない」

「もっと他に方法があるでしょう! もうっ、オレは知りませんよ。また女王陛下に予算を減らされるじゃないですかっ。始末書は所長が書いてくださいよ!」


 眦をつり上げ噛み付きそうな勢いでひとしきり叫ぶと、ふらりとライズの身体が傾く。

 そばにいたルティリスは慌てて彼の身体を支えた。


「だ、大丈夫ですか、ライズさん」

「ルティちゃん、開発部はもうダメかも……」


 失望したように泣きそうな顔をするライズに、ルティリスもつられたように眉尻を下げる。


「ルティを巻き込むな」

「いいんです。オレは巻き込まれたから、オレには巻き込む権利があるんです」


 目を眇めるリトをライズは鋭く睨みつける。その緊張感の欠けたやり取りを黙って見ていたロッシェが口を開いた。


「ところで、出血を止めた方がよくないかい?」


 はた、と気づいたライズがへなへなとうつ伏せに倒れ込む。

 気力だけで立っていたのだろう。彼の肩口から今も血が流れていて、止まる様子はない。。

 糸が切れた人形のような様子を横目で見やり、リトはおぼつかない足取りで壁にもたれかかり、ずるずると座り込んだ。


 さすがにもう体力の限界だ。

 目の前が暗くなり、蹴られた腹部に激痛が走った。もう心臓の痛みはなくなっていたが、昨日痛めた背中がズキズキ痛む。なによりも強い空腹感が身体にきつかった。


「ご主人様、大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃない。だが、ライズの方がひどい有様だから止血してやってくれ」


 体中が痛かったが、先ほど本来の姿に変身した時に鎖が砕けたから手足の自由はきく。

 横目でうつ伏せになったライズを見やると、ロッシェは離れていった。


 夢魔の姿になったのは、何年振りだろうか。あの姿はあまり好きではないから、人前では特にならないようにしていたのだが。

 いざとなると今回の時のように魔法以外の攻撃を仕掛けるには便利だが、リトは炎狼フレイムウルフの襲撃の時もレイゼルに喰い殺されそうになった時も、なんとなく本性トゥルースに戻る気にはなれなかった。


 ふと、リトは首筋に触れた。

 ライズの首筋からは血が流れて止まらないでいたが、自分の噛み付かれた傷口の血はそれほど流れてはいなかった。

 意識が溶けなかったことといい、なぜ同じ魔族ジェマでこんなにも差があるのかリトは不思議に思った。


「ご主人様もそれ止血した方がいいですよ」


 いつの間にか戻ってきたのか、ロッシェがリトの前に立っていた。ライズに目をやると、足を投げ出して座り込んだままルティリスと会話している。


「よくここまでたどり着けたな。炎狼フレイムウルフがいただろう。どうしたんだ?」


 一度は殺されかけ、脱走を二度も邪魔してきたモンスター。かなり手強い相手のはずだ。当然、屋敷の中をうろついていただろう。


「行く手を阻まれたので、殺っておきました」

「…………」

「すみません。生け捕りにした方が良かったですか?」

「なぜ、論点がそこにずれるんだ?」

「ご主人様が聞いたんでしょう」


 そういえばこの男、以前に獰猛なグリフォンも殺したことがあった。それに比べたら、炎の狼など脅威にすらならないのだろう。


 弱点を突かれた上に魔法が使えない状況下だったとはいえ、自分を瀕死に追い込んだモンスターをこうもあっさり殺したとロッシェに言われて、リトは複雑な気持ちになったのだった。

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