16.ティオ

 商店の多い通りに移動してみると、人がさらに多くてルティリスは圧倒されそうになった。


 翼族ザナリールというと、世界でも少数の種族だ。ティスティルの街では珍しいので、まだ見つけやすい。

 目を凝らしながら探し続け、やっぱり人に聞いてみようと思いかけた頃。

 ルティリスは空色の翼を人混みの隙間から見つけた。


「ティオちゃん!」


 騒がしい音や声の中、ルティリスが声が掻き消える。人の波に埋もれてしまいそうなティオにまでは届かない。狐の少女は必死で人垣をかき分けて走った。


「ティオちゃんっ」


 二度目に叫んだ後、彼女はようやく気付いた。


 泣き出しそうな藍色の双眸。空色の翼をもつ少女は白衣を着ており、ルティリスの方へ向くと目を見開く。


「ル、ルティちゃん!」


 ティオは目を潤ませた。こけそうになりながらも、狐の少女に駆け寄りしがみつく。


「ルティちゃん、所長を知りませんか!?」


 その言葉で、彼女は本当に上司であるリトを探していたのだとルティリスは理解した。あふれそうな涙が、また切実だった。


「ティオちゃん、リトさん二日前から行方不明なの。わたしも昨日から一生懸命探してるんだけど、まだ見つからなくて」

「そ、そんな……」


 絶望したかのように、ティオは膝を落として座り込む。よく見ると、手が震えていた。


「しょ、所長がいなかったら、わたし、どうすればいいのか……分からないです。ど、どうしよう」

「ティオちゃん?」


 聞き返したルティリスの言葉がスイッチだった。ボロボロとティオの目から涙があふれる。そして、しまいには大きな声で号泣してしまった。






「とりあえず、落ち着いて話してごらんよ」


  待つのにしばらくかかったが、泣き声が小さくなってきた頃にルティリスの隣にいたロッシェがそう言ったので、ティオは涙目のまま二人を見上げた。嗚咽が混じりつつも、こくりと頷く。


「二日前、いつものように研究所でライズさんと、残業していたんです。わ、わたし、仕事の要領が悪いので……ライズさんいつも付き合ってくれて」


 ゆっくりと話していく翼族ザナリールの少女の言葉を、ルティリスとロッシェは黙って聞く。話しながら、ティオはあふれる涙を手のひらで拭った。


「そ、そうしたら、いきなりこわい人たちが研究所に入ってきて。ライズさんを連れて行ってしまったんです…っ」


 不安と恐怖からなのか、ティオの手が震えている。思い出してますます怖くなってきたのかもしれない。


「わたしも連れて行かれそうになったんですけど、ライズさんがわたしをかばってくれて。そ、それで大丈夫だったけど、ライズさんまだ帰ってこないし。口止めされたから、研究所のみんなにも…言えなくて」

「それでリトさんを探していたの?」


 促すようなルティリスの質問に、ティオはひとつ頷く。


「所長なら、なんとかしてくれると思って。研究所に残ってた所長の滞在先を見て、【飛行移動ウイングリープ】でここまで来たんですけど」


 そこまで言うと、また翼族ザナリールの少女はぐすぐす泣き出した。ロッシェとルティリスに会うまで、不安で仕方がなかったのだ。


 彼女が言う【飛行移動ウイングリープ】とは、翼族ザナリールが使う移動魔法のことだ。おそらく彼女は、メモに書かれた場所を知っていたのだろう。

 会う約束をなにもしていないのにこの宿場街まで飛んでくるとは、行動力がある子だな、とは思うけれど。


 それにしても。


 一体どういうことなのか。リトばかりか、彼の部下までもが姿を消しているとは。


 訳がわからず、ルティリスは混乱しそうになっていた。


 何者かによる研究所の襲撃。

 ライズと言えば、ティオと同じ研究所員だ。そのライズまで連れて行けれて、行方不明になっている。研究所絡みだとすると、リトも巻き込まれているのか。

 ルティリスには分からなかった。

 ロッシェは何らかの事件に巻き込まれていると推察できたが、やはり誰が何の目的で、二人を拉致し、何をしているのかということまでは分からなかった。


「そういう事情なら、二人は一緒にいる可能性が高いだろうね。了解ラジャー。僕がまとめてなんとかするよ。それでいいかい?」


 彼の言葉に、ルティリスとティオは俯いていた顔をパッと上げる。こくりと頷くと、一気に肩の荷が下りたと感じたのか、再び空色の目から涙があふれた。

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