174:会うのは、季節にいちどほどで。
そろそろ、という雰囲気になったとき、だから私は素直に同意しました。
お会計はたしかほとんど半々で。
外に出て、駅までいっしょに歩きました。
居酒屋の喧騒がけっこう濃かったので、外に出ると、呼び込みの声などがあふれる歓楽街であっても――やたら、静かに感じました。
……彼の声がよりクリアに耳にとどいてくる気がした。
……しかし、それにしても、並んで歩くと、と。
「後輩くん、背ぇ、おっきいねえ。伸びた?」
「むかしからこんなもんですよ」
「そうだっけ? 伸びたんじゃない、ほら、ほら」
私はちょっと背伸びして自分の手を後輩くんの上にかざしたりしました。完全なお戯れです。
駅は、だんだん近づいてきます。
「こんどは、いつ会えるかな?」
「そうですねえ。またあたたかくなったあたりにでもー」
……と、いうことは。
やはりそのときは秋で、次に会うのは春あたりではと、そういう感じだったのでしょう。
「……そうだね。そのくらいに。もうきみも忙しいもんなー!」
私は、笑って返したと思いますけど。
返せたと思いますけど。
ああ、遠いな、と思いました。
このときの後輩くんは私と頻繁には会いたがりませんでした。
充実しまくってるんだ、と当時の私は思っていましたし、それももちろん間違いなんかではないでしょう。
でも、当時の私はつゆ知らず、いまの私なら知っている決定的なことが、ひとつあります。
それは。
彼は、私のことがこのときにはすでに好きだったということ――だって彼の友人に聞いたのですから。このエッセイにも、すこし前のところで書かせていただきましたが、……自動販売機の前で唐突に彼が「高校の先輩が好き」と言ったのは、まぎれもないこの年の初夏だったんでしょうから――そんなこと、気づきませんでした。
このときには、つゆほども、気づきませんでした。……彼のそのへんを悟らせない力ってすごいと思います。ぴかいち。スパイとかのお仕事に使えないだろうか(??)。
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