162:ほんとうに、たぶんそれだけのことだった。
樽のような椅子とテーブルで、赤の縞々やチェックみたいな小さな絵画があちこちにかけられ、酒瓶がいい感じに配置されていました。どこか愉快な海賊船を思わせる雰囲気で、その雰囲気だけは、とりあえず素直に楽しめたなあといった印象があります。
後輩くんは、受験生という立場もあったのでしょうが、早めに切り上げて帰っていきました。
改札に向かいながら。
四回も乗り換えをして二時間近くかけて帰るということを聞いて、私は、ごめんねと謝った気がします。そんなに距離がかかるなんてこと、知らなかったので。もっと、気にしておけばよかった。そういうことは私はどうにもいつも気づかない、と思って――。
後輩くんは、帰っていきました。
帰るべき場所へ。彼の、帰るべきところへ。
高校の二年間だけ部活で共有する時間がいっしょだったっていう後輩くん。
もう、たぶん、……こうやってすこし無理でもしなければ、会えもしない、後輩くん。
真冬でしたが、雪は降っていませんでした。そう都合よく、雪なんて降るわけはなく。
これが小説だったら、私はいまここで雪を降らせた――そんなことをうそぶくように想いながら、自由が丘の上品なベージュやブラウンの舗装道に向かって、白い息を吐いていました、……息が凝る季節でよかった、ともなんとなく思ったのですけれど。
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