160:彼とかかわりがほとんどなくって、それでいて考えていた日々よ。

 私は彼ではないひとたちのなかで彼ではないひとたちと親しくしながら、年越しを迎えました。

 彼の話をすることは私はけっこうありました。


「おもしろい後輩がいるんだ」と、折にふれ話していました。

 それに対するそこのひとたちの反応は、的確にそれでいて至極簡潔に、「へえ、おもしろい後輩がいるんだね」と。



 そうなんだよ、ほんとうにおもしろいんだ。

 おもしろいんだよねえ。

 後輩、いま受験生だけど、受験終わったらみんなにも会ってほしいなあ。

 だって、ほんとうにおもしろいんだから――。


 私はそんなようなことばかり繰り返しました。

 なにかを決定的に間違えているという自覚は、そのときはありませんでした。

 いえ、なにか強い違和感はあったので、もしかしたらそれがなにかのシグナルだったのかも、しれません。

 でも、私は、当時ほんとうにそういったところに鈍感でした――。



 私という人間の、かつて仲がよく、そしていまは、そこそこの馴染みの後輩。

 そのときにリアルタイムでかかわっていたひとたちは、当然彼をそう捉えたことでしょう。

 私も、彼のことをそう捉えていました。




 高校時代に戻りたかった。

 高校を卒業してからよりも、

 高校のときのほうが、自分自身だった気がした。


 自分は、どうしようもなくなってしまった。

 夢をもって入ったはずの大学も、けっきょくずるずる行けなくなってしまって。

 大学で馴染めなかったぶん、遊びまわってはみるけれど。

 なんだか、満たされないというか。

 自分が、自分らしくない。

 自分のままで、いられない――。




 息苦しい。




 ……そういうときに、私は彼に、あきらかに会いたくなりましたが。

 でも、それだって。

 もはや、後輩くんを騙していることにほかならない、とも思い詰めて、おりました。




 ほんとうの私は、こんなにも魅力のない鈍った人間だったのに、高校時代の余韻があるから、――彼はきっと私の話に笑ってくれる。




 そう思うたびに、なにかが、深く痛みました。それは、派手でも強くもありませんでしたが、――深く。

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