86:そうして演劇部によく行っていたのですよね。

 脚本は、みんなのオーダーをあわせて考えて、「明治時代の女学生もの」を書きました。引退公演に出るのは私と同期の女子部員五人。先に役が決まっていたので、キャラはその同期のひとたちにやってほしいものをイメージして書きました。

 すると、驚くほどにするする書けて、でも時間は必要で……高校三年生の一学期は、いまにして思えば受験勉強に投稿用の中編の執筆に脚本執筆に、盛りだくさんでした。



「月と金星が出逢うとき」、というタイトルの脚本を、だいたい期限までに仕上げ、五人に演じてもらいました。

 演出は演劇部に丸投げしました。私は自分が書くことには興味がありましたが、演出には当時からあまり興味がもてなかったのですね。このへんも、私がたぶん本質的に小説書きだということを端的にあらわしていたのだと思いますが……。


 演出こそ丸投げしましたけど、いちおうは三年生の部員たちの脚本を書いたという立場。以前よりは比較的堂々と演劇部に出入りできるようにもなってました。

 彼を含む二年生はといえば、ほとんどおなじ空間にはいなかったんですけどね。なぜかって、彼らは彼らで三年生を送り出すための劇の準備で忙しかったですから――。


 あのときのことでよく覚えていたのは、学校の講堂(けっこうほんとすごくいい設備のとこ)でみんなが私の脚本で練習して、演出を決めていくところ、

 そこからわりと距離を取った座席のところで、世界史の参考書を開きながらそのようすをじっと上目でうかがってたことでした。――英語も国語ももういいから本番までに世界史を十周くらいしろ、と言われて、六月までに三周しなきゃのはずだったのに、私の頭は先生がたが選んでくれたとてもよい参考書にみじんも向かず、ただ、ただ、

 こんなふうに無理をしてでも高校生活の終わりを肌で感じたい自分自身の、こうやって参加させてもらってさえどこか拭いきれない、そんなあやふやな後悔めいた気持ちに、向いていました。



 そして、もちろん。

 帰り道には三年も二年も一年も中学生も合流して、明るくなった彼のことも――。

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