21:じつは、周囲のことが見えてないとかでもなかったような気がするのです。

 彼は、そういうのを、ひとつひとつ自分のなかでためこんで考え込んでくれていたらしいです。

 ほかの部員のほとんどがおそらくそうであったように、「部長の言うことは変だから」で済まさずに。

 あくまでも、その内容を、

 ひとつひとつ、自分のなかにウィスキーでも蒸留してつくっていくかのように――ひとつひとつ、ひとしずく、ひとしずく、……吟味をしていてくれてるのだなということは、さすがに当時の私でも、わかりました。


 その結果、出会いたてのころにはいちばん、彼はほかのどの部員よりも、私に対する反応が鈍くなっていたのだと思います。

 当時は、もっと響けこのひとのなかに響け、ほかのひとみたいに派手に私の存在が響いてほしい――そう思っていろいろとしゃべりかけていたのですけど、……実態は、その鈍さのほんとうの理由は、

 たぶん、だれよりも、彼が私の言葉に対して心の内部ではまっとうに反応していたからなのではないかと――ずいぶんあとになってからですが、私はそう思いはじめるようになりました。


 彼は一見、ぼんやりさんです。まわりや外界に興味がないようにも見えます。

 ですが、それは、彼がほんとうはだれよりも、ひとつひとつの言葉や意味を丁寧に落とし込んでいく性質タチがあったからなのかも、しれないのです。


 そこが彼のほんとうにおもしろいところであり、また同時にとてもむつかしいところでもあります。

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